五章 神器の行方

第53話 陰謀のまとめ

「これまでのあらすじ!」

「何を急に」

「いや、状況をまとめておこうと思って」

 呆れたようなミスティアの視線を向けられても、ディクスンとしてはやっておかなければいけないことである。

 自分のしなければいけない仕事を、狙いを外してしまってはいけない。


「まず現在の状況については、三本の問題が主にある」

 書き損じの紙の裏に、それをまとめていくディクスンである。

「俺が王都に来る時に遭遇した、貴族の襲撃事件。これは結局貴族ではなく、ミスティアを狙ったものだということで間違いないかな?」

「そうみたいだね」

「これはギベリウス様が手を回したみたいだから、一応は解決したというか、棚上げした状態になっている」

「完全な解決には?」

「俺が巻き込まれてしまったから、もうどうしようもない」

 なるほど、とアズエラは頷いた。


 貴族であるからには、己の生まれによって必然的に、何かを求められることになる。

 前世では生まれなど関係ない、などという綺麗ごとを言っても良かった。 

 だがこの世界では、貴族の存在は現実のもの。

 ましてディクスンは静謐の血統を発現させている。

 母方から入っているものであり、上の兄二人も発現はしていないが、その子が隔世遺伝で発現する可能性はある。


「俺には今のところ脅威ではないけれど、辺境伯家の人間としてどうにかしないといけない、ディシーヌ子爵令嬢とその周りの男たちの件」

「貴族的には最終的にどうするの?」

 ミスティアが尋ねてきたが、ディクスンとしてもこれについては、自分だけで予想するのは難しいのだ。

「女にかまけて貴族の血統を考えない愚か者は、断種されて神殿入りのはずだったんだが……」

 そう、男は下手に種を撒き散らすため、その恐れがないような処置までされてしまう。

 一思いに殺してしまわないのは、むしろ見せしめであるのかもしれない。


 本当ならばそういうことになるか、と思っていた。

 だがマリエラが持っている混沌の血統。

 それが現在はどのようになっているのか。

 プルジャー伯爵家が集めている混沌の血統に、それとつながる大公国。

 もしも混沌の指輪があるならば、その血統は貴族の中に戻さなければいけない。


 王家がその力を保持し続けているのは、甘くない現実が破邪の血統の力を必要としているから。

 他にも神器を持っている貴族は特に、戦闘力を鍛えている。

 偉そうにふんぞり返るだけでは、許されないのが神器の血統の王族や貴族。

 そしてそれが一般の貴族にも普及しているため、伯爵以上の貴族家は特に、子弟に対して戦闘訓練をさせるのだ。

 血統が発現していれば、女子であっても例外ではない。

 女騎士がそれなりに多い理由である。



 

 ミスティアの件もディクスンの件も、そしてマリエラの件も後からどうにかすればいいことである。

 それが可能な力を、バランシア王国は持っている。

 だがプルジャー伯爵家が本気で、大公国と結んで反乱を企んでいるとなれば。

 またも内乱の危機であり、人類の生存圏が脅かされる。

 中央の政局が安定していてこそ、辺境伯はその辺境に専念することが出来る。

 実際に内乱の時代は、辺境からの戦力が投入されるごとに、その形勢が変わっていった。


 辺境から戦力を抜けば、そこは力の支配する大地になるのか。

 それならばまだマシで、人間が住めなくなる可能性すらある。

 中央の政変はこの200年、完全に密室の中で終わらせてきた。

 なんでこんなに若く、こんな立場の人間が死んでいるのだ、と思えばおおよそは暗殺である。

 絶望して自害したような人間も、病死や事故死で済ませるのだ。


 ディクスンがやらなければいけないことは、プルジャー伯爵家の意図を探ること。

 もしも本当に神器を保有しているのだとしたら、他にどれだけの大公国などとつながっているかを確認する。

 下手をすればまたも、内乱が起こるかもしれない。

 その前には中心人物を暗殺するか、あるいは混沌の指輪を持っていたなら、それを奪取しなければいけない。


 もちろんディクスン一人で、そんなことが可能なはずもない。

 むしろ地味な諜報活動で、少しずつ情報を集めていく。

「けれど貴族院での活動はどうします?」

「そのためのこのスキルだ」

 ミスティアには見抜かれているが、アズエラにも教えておかないといけない。

 彼女はディクスンの側にいるのだし、このスキル使用中のディクスンは、大きく能力が落ちる。

 だからこそ逆に効果的、とも言えるのだが。


 慎重なスキルだ、とアズエラは思う。

「臆病なスキルだ」

 ディクスンはそう評した。

「戦闘などでも初見殺しにはなりうると思うけどね」

 ミスティアとしては魔法もスキルも、使い方次第なのだ。

「生存系のスキルだから、どうしても限定された状況にはなるけどな」

 早くスキルのレベルが上がらないと、使い勝手が悪いだろう。




 ギベリウスという魔法使いは、魔道の極みとも言われる魔法使いだ。

 純粋な爵位や地位といったもの以外に、名前自体に権威がある。

 そこから紹介された貴族の娘を、側仕え代わりの女官として雇う。

「書類仕事が出来るのね」

「色々と読むのが好きで、それだけは教師を付けてもらっていたので」

 男爵家の娘として、ディクスンは側仕えというよりは、諸々の代筆などのようなこと、また手紙や報告書の分類などを任された。

(無用心だなあ)

 伯爵当主ではなく、その息子の関係しているものなので、致命的なものではないのかもしれないが。


 男爵家の娘で、しかも正妻の娘でもないとなると、結婚相手は限られてくる。

 ただ容姿はいいので、格上の貴族家の側室にでもなれるか、といったところの価値がこの世界のものである。

 もっとも家中のこととはいえ、女性も仕事を行うことがあるのは、それなりに社会的な地位があるとも言えるだろうか。

 毎日やってくるのではなく、一旬の半分ほど来ては、仕事を手伝っていく。

 なので毎日の作業になる仕事は、任せられるものではない。


 ディクスンとしても主に行うのは、書類仕事の方が分かりやすい。

 実際に辺境においても教師は、領地管理のための素養として、計算のことは教えてくれている。

 ただこういった計算に関しては、コンピューターがほしいと思ったものだ。

 代わりに魔法を使っていたりするが。

 これはまさにディクスンのオリジナル魔法だが、実は戦闘にも重要なものだとは、後に気づいたものである。


 プルジャー伯爵家は外交の家系。

 現役の外務大臣ではないが、順番で大臣を輩出する家だ。

 当然ながら権勢も強く、大臣ではなくとも他の国に、外交官として乗り出していくこともある。

 その折には話を円滑に進めるため、他国との間に婚姻関係を結ぶ。

「バランシアの大公国だけじゃなく、よその蛮族との婚姻もあったりする」

「蛮族とはまた傲慢な」

 ミスティアはそう言うが、彼女の考えこそ例外的だ。

 基本的にバランシア連合王国は、間違いなくこの世界において、一番進んだ文明圏と言えるのだ。


 実際には他の大陸が、どういった状況にあるのか。

 太古の昔の歴史に残る地図に、他に三つの大陸があることは記されている。

 しかしその中で比較的、この大陸との接触があるのは一つだけだ。

「進んだ文明と言っても、その基準は何?」

 ミスティアからすれば、エルフや他の種族を排斥する、この大陸は逆に傲慢だ。

「魔法の文明は今、この国が一番優れていると思うけど」

「むしろ昔の方が、優れた魔法はあったりもしたよ」

 だからその年齢不詳の言動はやめてほしい。




 プルジャー伯爵家で働くと、異国の産物が色々と目に付く。

 もちろんコルネリウス辺境伯家も、大公国以外の外国と、接触する部分はある。

 だがその国境線は、互いに決めて作ったものではない。

 単純に不毛の大地が続くため、そこが国境になっているのだ。

 下手に侵攻しようとしても、兵站が続かないのは明らか。

 侵略しても旨味がない、というのが正直なところなのだ。


 これが海による国境であると、また話は変わってくるのだが。

 またどれだけ不毛な大地でも、その気になれば魔法を使って、少数の商人は往来することが可能だ。

 そのためそこの産物を、少しは目にしている。

 芸術の範囲になるのだろうが、物品の意匠が違うのは、それなりに新鮮だった。


 伯爵家の場合は、それが家業となっている。

 どの大公国と強く結びついているかというと、やはり己の領地に近いところ、となってくる。

 七つの大公国は、もちろんその継承において、神器の血統が必要となる。

 そのうちの二つと特に、強いつながりを持っているのだ。


 エイサムによって調べてもらった限りは、国内の貴族とも当然、婚姻を行っている。

 たまには公爵家から、つまり王家の血も入っているが、基本的に血統が発現した人間は、外に出されることはない。

 公爵家の間で婚姻を行うか、あるいは王家に入るかのどちらか。

 この点では公爵家というのは、一番自由が少ない家柄なのかもしれない。

 もっとも学者や魔法使いなどは、この公爵家から出ていることが多い。


 ディクスンは働き始めて一週間ほどで、そこそこ馴染んできた。

 だが大きな機密に関わることには、全く触れることが出来ない。

 一応は行儀見習いも兼ねているので、他の貴族家の人間と接することもある。

 しかし男爵家という爵位に、まだ婚約するにも若いということで、本当に頭脳労働力として当てにされてしまっている。

(まあギベリウスの指示には従っているから、その点では問題ないんだろうけど)

 辺境伯家の三男に、そこまで無茶なことはさせない。

 重要なのはちゃんと、ディクスンが自分の管理下にあると、他の者にも分からせることなのだ。


 大公国の人間も、それなりに伯爵家を訪れる。

 また外交の家として、特に辺境伯家ともつながりがある。

 ディクスンが特に派遣されたのは、コルネリウス辺境伯家とは、ほぼ反対方向であるからだろう。

 果たしてどこまでのことを、調べることを求められているのか。

(普通にどこのいえと交流しているかなんて、簡単に分かることだとも思うけど)

 慣れないスカートで動きながら、書庫の整理もしたりする。


 ここでついでに調べられるのは、やはり家系図である。

 王国にある家系図は、あくまでも公式のもの。

 公式のものと本物は、実際には違っていたりする。

 それこそディシーヌ子爵令嬢の母方が、どういった先祖を持っているのかなど。

(マリエラ嬢が混沌の血統を持っているのは分かっているんだから、それを取り込もうとはしないのか?)

 そのあたり誰が一番の黒幕で、この状況を主導しているのか。

(血統を集めているというなら、もっと前から考えていたことなんだろうしな)

 仕事の合間にそれなりに、書庫で調べものをしたりする。

 しかしここにあるのは使用人でも見られるようなもの。 

 本当にまずいものはおそらく、この王都の屋敷にすら存在しいないのではないか。


 密偵というわけでもなく、分かっていることを淡々と報告するだけ。

 むしろ伯爵家ではなく、自分の動きを制限するため、この役割を与えられたのではないか。

(まあそんなことをしても、こっちはこっちで動くんだけど)

 どうにか時間を作ってダンジョンに潜り、レベルを上げるディクスンなのであった。

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