柔らかい雨

 雨が降る中、傘もささずにアイスキャンディを齧る。

 晴れわたる青空と穏やかな降雨は、ちぐはぐで。



「――目を凝らしたら、雫のかたちが見えそうな雨」


 それが、君がこの天気を好む理由。

 初めてそれを聞いたときの、ロマンチストな表情をする君の横顔に伝う、細やかな水滴が目に焼き付いている。

 


「…………」


 この雨は、世界から音を取りあげる。

 意気地のない僕が君に愛を囁くには最悪の気候だった。


「…………」


 目の前にいる君の乾いた唇が、ほんのわずか開かれた。

 僕と同じ口の動きをしたのではないかという見立ては、未練がましい僕の妄想かもしれない。



 僕を差し置いて、どこの狐に嫁いだというのだ君は。

 そう文句のひとつでも言ってやりたいような。


 僕の決意が遅かったのか、君の歩みが早かったのか。

 それは未だに分からないままで。



 淡く架かる虹と代わるように、君の輪郭がぼやける。


 困るのだ。君はいつも奔放で、いつの間にか姿を消す。

 まだ伝えたいことが、山ほどあるのに――。



 半分も手つかずのアイスキャンディが、滑り落ちた。

 咄嗟に掴んだ手に伝わる冷ややかな刺激で、我に返る。


 僕の頬を流れるのは、ありふれた涙ではない。

 悲恋にあえぐ雫は、とうに枯れてしまった。


 美しく、そして憎い。

 それはあの日と同じ、柔らかい雨。


  2024/11/06【柔らかい雨】

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