第5回 三題噺「天下無双」「ダンス」「布団」


『或る████の場合』




 集会所は、集まった男女の怒気に熱されていた。

 靴を脱いで上がる二十畳ほどの座敷に、年季の入ったパイプ椅子が二重の円形に並んでいる。


「おかしいじゃないか!」


 一人の男性が立ち上がると、彼の頭につけた羽飾りが、おかしそうに前後に揺れた。途端に「そうだそうだ」と同調する周囲の男女も、みな一様に白い和服姿で、思い思いの羽飾りをつけていた。まるで首から上だけがグレート・ギャツビーの世界だが、何もかもがチグハグだった。


 プレハブの集会所、折りたたみ椅子、白装束、豪華な羽飾り、血走った目。


「まあまあ、落ち着いて」

と、円の中央に近い男が、冷や汗をかきながら両手を上下に動かすが、そんなものは焼け石に水である。


 さっきの男が立ったまま、羽飾りを振り乱す。

「御鳥様は二〇二五年三月十七日にご降臨なさると、あんたたちみんな、そう言ってたじゃないか!」

 ここでまた、「そうだそうだ」の嵐である。


「それは違う!」と、後方の男が立ち上がる。「御鳥歴一九九九年三月二十日だ。計算が間違っていた可能性だってあるじゃないか!」

「タカどもは間違いないと言ってたぞ」


「そうだそうだ」の合唱の後、女性が真っ青な顔の前で両手を握りしめて立ち上がった。


「救いのダンスが見れなければ、あたしたち救われないんでしょ……」

 涙声で聞き取れなくなった言葉を受け継ぐように、隣の女性が立ち上がった。

「トリの降臨はいつ起こるの!」


 そして大合唱。「トリの降臨!」「トリの降臨!」「トリの降臨!」



「御使様はなんておっしゃってるんだ!?」


 その言葉に、全員の視線が入り口脇に佇んでいた女性に集中した。長い袂の和服は白鳥のようで、顔を覆う白い頭巾には目玉が描かれている。


「御使様は病床に伏せっておられます」


 それは異様に甲高く、彼女は声まで白鳥のようだった。


「そんなことは知っている!」

「今、彼の言葉が必要なんだ!」

「できませぬ」


 ぴしゃりと言い切った白鳥に、全員が弾かれたように立ち上がった。


「俺たちで布団から引きずり出してやる!」

「そうよ! これ以上待てない!」


 集会所のプレハブから走り出した彼らは、咲き誇るハーブ畑を蹴散らしてまっすぐにログハウスに向かった。それは一際大きな建物で、周囲の簡素な掘っ建て小屋とは訳が違った。


「なりませぬ!」

「御使様!!」

「お言葉を!」


 白鳥がいくら鳴き叫ぼうと、暴徒と化したムクドリたちは止められない。玄関扉をこじ開け、我先にと階段をのぼり、鳥の剥製たちを押しのけて最後のドアを打ち破った。


「え……」


 目に飛び込んだのは、開け放たれた大きな窓。青い空。その窓枠にうずくまる巨大な……


「鳥……?」


 途端に鳥は、長く縮れたトサカを乱し、白く四角い翼を広げた。


「天下無双!!」


 それは立ち上がるや飛び去った。


 誰もが呆気に取られ、見送るしかできなかった。鈍い衝突音と、悲鳴が外から響いても。




 内部崩壊した巣から、一羽、また一羽と雛は去った。

 後年ルポライター小野寺洋一が記した著書『鳥は飛ぶのか ——「神の木陰」の真実——』の中で、元信者は取材に応じてこう話している。


「何もかもが嘘ということではなかったんです。それが巧みでした。私は昔から占いとか宗教とかには一切興味がありませんでしたし、懐疑的だったんです。でも彼らは妙に科学的なところがあって……。まぁでも、カラスは自分が救世主だと勘違いしてしまったのかもしれません……。『地球の歴史を見ても、大昔から、神や偉大な力を持った者たちは空からやってくる』と。それをわかりやすく、御鳥様と呼んでいた。『私たちは広い宇宙の片隅に生きているにすぎない。太陽系は天の川銀河を二億三千万年かけて公転している。その銀河だって宇宙の中心ではない。私たちは秒速二二〇キロで宇宙とダンスしている。』そう言って、真夜中に集団で鳥の舞をしていました。施設近くの森の中です。最初は月光浴をしながら、ダンスといっても単純な、ヨガみたいなものです。おかしくなってきたのはむしろ、カラスが去ったあとだったと記憶しています……。出ていった理由ですか? わかりません。私はタカもくのような幹部ではなく、ただのブッポウソウですから……」



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