第2回「あこがれ」


『或る不美人の場合』




 私には憧れの先輩がいる。


 彼女はいつも背筋が伸びていて、自信があって、初対面の相手にも物怖じしない。


 彼女をよく知らない人は「どうせ美人だから」「綺麗だと余裕だ」などとうそぶく。


 確かに先輩は美人だけど、美人には美人なりの苦労がある。「美人はなんでもしてもらえて楽だね」なんて言葉、不美人なら言われない。


 もっとも、私みたいに陰気で顔のパーツバランスが悪い本物の不美人は、直球で「ブス」と言われる。これもつらい。


「他者の容姿の出来を批判してはならない」と教えを受けながら、なぜ彼らは一線を踏み越えてしまうのだろう。


 何も持たない人間というのは存在する。


 不細工な上に理屈っぽい性格で、私は両親にも煙たがられて育った。小中高と友達もできず、かといって孤高を貫くこともできない。


 薄暗い人生の唯一の救いは、月に一度、先輩と喫茶店で過ごすこの時間。


 すべてを持っている人間は存在する。


 私は、美しい黒髪を揺らしてコーヒーを飲む先輩を盗み見た。神々しいほどに均整の取れた横顔。


 女神は優雅に立ち上がると、遠くへ微笑みを投げ、優しく手を振った。


「ここよ」


 先輩に見惚れていた私も慌てて立ち上がり、入店してきた男二人を迎えた。


「遅くなってすみません。相川さん、彼が紹介したかった後輩の江崎です」

「ど、どうも……江崎です……」

「初めまして、相川です。先に注文しましょう」


 先輩は笑顔を絶やさず彼らをリードしていく。先輩の話し方も声色も、人を惹きつける力がある。


「江崎は最近不幸続きなんですよ」

「そうなの? よかったら詳しく聞かせて? なにか助けられるかも」


 親身になってくれる女神に気をよくしたのか、江崎なる青年は滑らかにくだらない身の上話を始めた。虫唾が走る。


 そんな相手にも相川先輩は慈愛の眼差しを向け、話を聞き続けている。


「江崎くん、新生活できっと、あなたの精神は混乱してしまっているのよ。もしよかったら私の通っている、ちょっとしたセミナーに顔を出してみない?」


 先輩は美しい所作で鞄から葉書を取り出した。


「トリの降臨……?」

「変な名前よね。鳥のように自由で美しい心を手に入れようっていう瞑想サークルなの」


 私にはわかる。彼女こそが御鳥おとり様の御使みつかいなのだ。



────

☆8 ♡3

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る