第16話 中
「はぃ、毎度。
で、今回は試しでは無く辻斬りなんだねぇ。珍し」
にこにこと笑いながら鬼灯は男に座るように促す。男は馴れた様子で場所を確保する。
「ああ、一人斬って欲しい」
男は必要以上のことを話さない。
鬼灯もそれを承知しているのか必要なことを聞いてゆく。
「それで、誰をいつまでに殺ればいいんだい?」
「相手の名は
期日は七日」
鬼灯は最初はふんふんと聞いていたがすぐに険しい表情を浮かべる。
「ちょぃと、無茶言うんじゃないよ。居場所不明って・・・・・・。
しかも七日?
冗談じゃ無いよ!
それに今の市中の状況を分かっているのかぃ!?」
あまりの条件に鬼灯は文句を垂れる。
江戸は広い。正直息を殺して潜まれたら探す事が難しくなる。
ただし、探せないわけでは無い。
時間さえあれば燻り出し、探し出すことは可能だ。
「報酬は三百両」
「はぅ? 三百ぅ?」
鬼灯の声が上擦る。
すぐににまにまと不気味な笑みを浮かべる。通常骨董屋で三百両と言ったらそれほど大したことは無い。ものによっては一回に動く金額が桁外れだからだ。
ただ、人を斬る仕事に関しては鬼灯が設定している価格の五倍を超える。
これは鬼灯にとって大変ありがたい収入であった。
「で、相手はどんな
町人かい?
商人かい?
それともやくざ者かい?
男?
女?」
少しでも情報を得られないと仕事がしづらいと踏んだ鬼灯は、可能な限り相手の特徴を聞き出そうとする。
男は無感情な声色で答える。
「相手は細く、背が六尺ほどの男。
浪人。
得物は槍と二本の大刀」
最後の言葉に鬼灯の口角がぴくりぴくりと動く。それは男の目には映っていない。
「へ、へぇ、浪人一人に三百かぃ?
まぁ、詮索はしないさ。そういう商売だ。ただね、今は動きづらい。せめて十日ほど貰えないかね」
鬼灯の言葉に男は暫く俯く。
「あぁ、わかった。十日だな?
死体は目立つところに野ざらしにしてくれたら良い。それで確認を取る」
その言葉に鬼灯は顔を
「あんたねぇ、いまの江戸の状況わかって言っているのかぃ? あまりにも危険すぎるんだけどねぇ。
はぁ、まぁいいさね。
危険手当込みの値段ということで商談成立だ。
今日から十日後まで。
そのかわり相手の情報が入り次第連絡は欲しいものだね。こちとら危険な仕事を格安で受けているんだ、頼むよ」
鬼灯はこの件に関しては三百両では安いと判断したようだ。それでも自分が探している人物と特徴が似ていたので引き受けた。
「わかった。情報は表の灯籠の中に入れておく。朱色で印を付けておいてくれ。
そこに入れるようにする。
では、よろしく頼む」
男は商談が成立すると同時に立ち上がり見世の外へと向かう。そして戸口まで来ると思い出したように振り向いた。
「・・・・・・そういえば先程出て行った男は?
お主の男か?」
突然の問いに【何の話だ】という表情を浮かべる鬼灯。
そしてすぐに心当たりを思い出す。
「ははは、違うねぇ。あれは今朝方拾った男さね。てか見ていたのかい?」
急に目付きが鋭くなる鬼灯。骨董屋鬼灯の中に緊張が走る。
「あぁ、珍しいこともあるものだと思ってな。すれ違っただけだ。気にするな」
「そうだねぇ、あんたも余計な詮索はしないことだ。
お天道様を見る時間が無くなるよ?」
若干男の身体に緊張が走る。
すぐに弛緩。
「すまない、深入りした。
では頼む」
男はそう言い残すとさっさと見世を出る。
「ちっ、余計なところを見られたねぇ。
しかしただ働きのつもりで探していた相手が三百両か。榊原の旦那に廻すか微妙なところだね。出来れば軽い一仕事を間に挟みたいところなんだけど・・・・・・、あたしが殺ると拗ねそうだからなぁ。それに情報が少なすぎるねぇ」
鬼灯はどのように効率よく情報を集め、自らの意趣返しと共に仕事をどのように片付けるかを考え始めるのであった。
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「で、先程あの見世から出て行った男には人を付けてあるのか?」
骨董屋鬼灯から出てきた姉川家の男はすれ違い様に女に声をかけた。
「えぇ、今、三人で追っています。
普段ならあと二人は付けるところでござますがこの殺気立った江戸の雰囲気では気づかれることは無いと思います。
それにかなりの手傷を負っている様子でございますので・・・・・・」
「ふむ。
駒は多い方が良いのでな。所在が分かり次第上屋敷へ連絡を寄越せ。
まずはどの家の所属かが分かれば良い。かなりの手練れだ、気をつけろよ。これ以上手の者を失うわけにはいかぬ」
男はそれだけ言うとゆっくりと北へ向かい歩き出す。
女は小さく頭を下げるとそのまま南西へと歩き去って行った。
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