第18話
敵と味方の遺体を回収して、僕らは外へ出た。光術バイザーの視覚支援を受けていたからすっかり忘れていたが、ずっと暗闇の中にいたのだ。太陽が目に痛かった。時間を確認すると、突入してから二時間ほど経っている。それでもまだまだ太陽の位置は高く、空はからりと晴れ渡っていた。
しかし、地上はそうした爽快さとは無縁の惨状だ。術が解け、ただの死体へと戻った住民たちの亡骸が神殿を取り囲むように積み上がり、そこから立ち昇る強烈な死臭と蠅の飛び回るぶんぶんという羽音がひたすら不快だった。
司令部に任務完遂の報告を入れると、すぐに迎えの絨毯機が飛んできた。それに隊員とテロリストたちの遺体を収容して、僕らも乗り込む。向かう先は洋上に停泊している海軍の魔導艦だ。そこでテロリストたちの遺体を海軍へ引き渡して、僕らの任務は終わる。後は二週間ばかり南の海のクルーズを楽しんで、本国へと凱旋する。これで晴れて、僕らもヒーローの仲間入りだ。という予定だったのだが。
物事というのは、そうそう上手くいかないものだった。
というのも、二週間後。帰りついた司令部の一室で、僕らはなんとも微妙な面持ちでニュースを眺めることになったからだ。
強襲作戦から戻った僕らは、数日の休暇を与えられた。その時間をほとんど無為に過ごしてから司令部へ出頭すると、司令室にはベックウェル大佐を始めとした先進魔導戦開発グループの主だったメンバーが顔を揃えていた。なにやら全員、難しい顔でテレビのモニターを睨みつけている。
「どうしたんです?」
「選挙速報だ」
異様な雰囲気に思わず尋ねると、先に来ていたアダムスが教えてくれた。
「選挙……」
「大統領選だ」
ピンときていない僕に、ベックウェル大佐がいう。それでようやく、僕はこのところ世間がやけに騒がしかったわけを知った。
「なんだ。投票にいってないのか」
「ええ、まあ」
叱るようなベックウェル大佐の口調に、僕は言葉を濁す。
「選ぶというのが、どうにも苦手で……」
弁明するように僕は言った。正確には、それを選んだ結果が僕だけに関わることか、他人にも関係してしまうかで違うのだが。
たとえば、夕飯にデリバリーでどんなピザを注文するか決めるのはそれほど難しくない。食べ慣れたペパロニやハラペーニョか、新発売されたばかりのチリパイナップルとかいう如何にも冒険的なメニューであったとしても選ぶことに躊躇いは憶えない。たとえハズレを引き当ててクソ不味いピザを食べることになったとしても、それは僕一人だけの話だからだ。
けれど、みんなで集まってどのピザを食べるか決めようという話になると困ってしまう。僕が気まぐれで投票したばかりに、みんながクソ不味いピザを食べることになったらどうしようと考えてしまうのだ。昔からそうだった。要するに愚かな僕の些細な選択が集団や国家とかいう大きなものに影響を与えてしまうかもしれないということが、堪らなく恐ろしいのだ。たかが一票というのは分かっている。けれど、それが貴重な一票にならないとは限らない。考えすぎだと思われるかもしれないが、その可能性がある限りどうしても勇気がだせないのだ。
だから、僕はこれまでの人生でただの一度も投票所には行ったことがない。みんなのことを決めるのは、みんなに任せる。食べ慣れたピザにするか、クソ不味いピザにするか。どちらに決まっても僕はそれに従う。もちろん、文句は言わない。
「自分たちの総大将を、自分たちで決められるってのは自由平等主義国家の軍人だけが得られる恩恵なんだぜ?」
アダムスはそういうが、苦手なものは苦手なのだ。
「それで、どうなってるんです?」
僕は話題を切り替えようと、モニターを見つめている大佐に聞いた。
「今のところ、共民党が優勢だ」
「うげっ、マジすか……」
重々しく答えた大佐に、アダムスも苦い顔をする。
共民党がなにかということくらいは僕にも分かる。共和民主党を略したもので、自公党、自由公平党とならぶアメティカ二大政党の片割れだ。それぞれの党の政治理念だとか難しい事は分からないが、ここ数代の大統領はみな自公党から輩出されてきたらしい。そのため、長らく政権を握っていた自公党は軍部寄り。反対に共民党はこの頃盛り上がりつつある反戦運動を主導するなど、反軍部的なのだという。
特に、今回の共民党の候補者は大統領に当選した暁には他国への軍事的干渉の一切を打ち切り、海外派遣中の軍の全部隊を撤退させるという公約を掲げているのだそうだ。
「もうすぐ、残りの州でも開票結果が出るはずだ」
そういったベックウェル大佐の表情は冴えない。アダムスたちも同じくらい難しい顔をしてモニターに齧りついている。一人、話題に入っていけない僕はコーヒーでも淹れてこようと思って、一度部屋を出た。人数分のコーヒーを持って戻った時。どうやら、ちょうど結果が出たところらしかった。全員が沈んでいる。どうなったのかは聞かなくても分かった。僕は椅子で項垂れているベックウェル大佐にコーヒーを差し出した。大佐の好み通り、濃いめのブラックだ。
「これで我々は職を失うかもな」
大佐は僕から湯気の立つカップを受け取りながら、力なく笑った。
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