第211話
貴公子リーフェンシュタールの旅の同行を、エリザはリヒター伯爵から許可された。
むしろ、リヒター伯爵から頼まれたのだった。
「エリザ様、村人たちの様子はどうでしたか?」
リヒター伯爵の気がかりは、むしろ、村人たちの様子のほうなのである。
あまり婚姻したがらない、子供が減りつつある。
どんなに広大な耕作地があったとしても、領民が減少していけば食糧の生産量も減少していく。
エリザは短期間だったけれど、リヒター伯爵領の村人たちと占い師として話してみて感じたことを報告した。
「村人たちを集めて、定期的に祭りでも開催して、出会いをつくるつもりだぅたのだが……うーむ」
リヒター伯爵は、思わず腕を組んで考え込んでしまった。
農園の規模によって、それぞれ分かれて村人たちが暮らしている状況がある。
それは他の伯爵領よりも、リヒター伯爵領の村人の数が多いからともいえる。
結婚しても、それぞれの役割で疲れきってしまうことが原因で、夫婦の関係は悪化している。
それを見ている子供たちは、負担の少ない生活のやり方を考えて結婚したがらなくなっている。
仕事の負担を減らしても、生活に使える金銭的な暮らしの余裕がない状況になれば、やはり結婚したがらない。
シェアハウスの村は小規模でありながら、専売特許の芋畑の利益のおかげで村人の人数に比べて生活費に余裕がある。
さらに、協力しあう状況があって他の村とは異なる家庭のあり方ができているけれど、同性だけが集まっているけれど、母親たちが連れている子供たちは同性だけではないので、他の村よりも、また結婚して子供を産んで育てようとする可能性はある。
「働かせすぎているのが原因なのですかな?」
ターレン王国の食糧生産の土台になっているリヒター伯爵領。
その負担が領民の生活に影響を与えている点を指摘した上で、エリザはリヒター伯爵に言った。
「夫婦で共稼ぎしている中規模の農園で働く人たちも、夫婦で協力しあっています。しかし、子供ができれば、母親は出産やそのあと育児をしなければならず、手を離せず、働くことが難しいのです」
「芋畑の村では、畑で働く者と子供の世話をしている者が話し合って交代で分担しているということでしたが、他の村では難しいということですな?」
「子供ができる前と同じ収入はどうあっても見込めないでしょう。それに家庭の負担は子供が育つにつれて増えていきます」
「ふむ、たしかにそうですな」
リヒター伯爵は、すぐに労働時間の短縮を思いついたが、収入が減少すれば結局、家庭の経済状況が悪化して、夫婦の不和の原因になるとエリザに指摘された。
「とはいえ、作物の生産量が減れば、取引される価格が値上がることになりますから、さらに悪循環といえるでしょう」
眉目秀麗の才女のエリザの本領発揮といったところである。
帝都の学院で最も優秀な生徒として卒業したエリザは、普段はおとなしいけれど、議論になるとしっかり話すのは得意だった。
「大農園の村人たちは、どちらかが働いて家族を養っているようですが」
働きに出て稼いでいるだけで、それ以外には協力させないことが当たり前という考え方が大農園の村人たちにはある。
実際にそうやって子供と伴侶の世話をしている母親を見て育ったら、大人になっても父親のように自分もそうしてもらえると子供たちは考えがちになるか、夫や子供の世話をしなければならないと思うようになる。
子供が親と同じ大規模の農園で働けるとは限らない。
「考え方の問題で協力し合おうとしても、うまく仕事と家のことをどちらも器用にこなせる仕事量でなければ、疲れきって夫婦で仲良くはできないようです」
伯爵やリーフェンシュタールの世話と家事全般を行ってきたエマは、それを聞いていて、それなりに充実感や達成感はあるとちょっと思っていた。
それに、大好きな人たちの子供を世話をしているのと、あまり親しくなりたくない人の子供を世話しているのでは、天と地ほどの気分の差がある。
「だから、大農園や中規模の農園で働く他の家庭の村人たちに、育児や家事を無償で手伝ってもらうというのも、うまくいかない可能性があります」
家庭という考え方がなくなってしまい夫婦ではなくても、協力し合うことができるようになるには自分の子供も他人の家庭の子供も同じように愛せるようになる必要がある。
「信仰で、家庭にこだわらずに助け合うことを決めてしまえば、従わないことは、自らの信仰に反することになるものじゃ」
シン・リーは、エリザやリヒター伯爵にそう言った。
クフサールの都では、そうやって、住民たちがわだかまりを持たず、協力し合うようにさせてきたのだった。
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