#2


『さて、しないといけないことは沢山あるんだが…さっきのエラーの状態確認が先かな。外したばかりなのに悪いけど、これ付けてくれるかい?』



 ノウンが近くの機器にケーブルを繋ぎ、先端のプラグをこちらに向けて問う。

 外したばかり、そうだっけ。魔法か何かで宙に浮かべられたその先端に覚えはない。とにかく言われるがままに頷けば、そのプラグはカチリと音を立てて背へ突き立てられた。



『これでよし、と。

解析には多少時間がかかる。退屈しのぎのついでに昔話でもしようか』



 背の重みと小さく鳴り出す駆動音。そういえば起動前にも付けられてたかな、なんて今更ながら思い当たる。

 どこから話そうかと思案するノウンの側でそっと姿勢を直すと、背に繋ぎ直されたケーブルが地面を擦って音を立てた。


 よし、と小さく呟いて、黒は言葉を紡ぎ出す。



『この世界には、神がいた』



 ✧ ✧ ✧



 この世界には、神がいた。


 神は、花と星のけものであった。自身の身体を星と成し、この世の天と地を作り上げた。



 幾許か星辰は巡り、生まれ落ちる命があった。


 姿かたちを幾重にも変えて巡り巡る魂の渦から、我らの祖となるものが現れた。

 祖なる人々は神を崇めた。神の居場所となるよう神殿を建て、街を造り、そこを都とした。


 あるとき、その身に白を纏う者たちが生まれた。

 白は神の色。その色を賜った者たちは神の子と呼ばれた。

 神の子たちは王となり、貴族となり、都の要として民を束ねた。

 偉大なる神と神の子たちの元で人々はより一層栄華を極めていくのだった。




 ここまでが、神代の話。




 あるとき、神の子の一人が自らの毛を織って貧しい民へ与えた。その者は美しく柔らかな毛を持つ羊の神子であった。


 それを見た他の神の子の、誰かが言った。


「神聖なる白を他へ易々と与えるケダモノは、神の子に相応しくない」と。


 口にしたのは猿の、いや猿とは呼べぬほどカタチを変えた、「ニンゲン」の神子だった。


 賛同したニンゲンたちは口々に叫びだした。我らこそ真の神の子だ、と。

 ニンゲンたちは強かった。何せ最も早くに二足の姿を手に入れて文明を築いた者たちであり、高い技術力を持つ、最も数の多い勢力であったからだ。

 あれよあれよという間にニンゲンたちの声は大きくなった。排斥された人々は「ケモノ」と呼ばれ、蔑まれた。


 ケモノたちは抵抗した。今まで共に作り上げてきたものを一方的に奪われた挙句に奴隷の如く扱われるようになったのだから当然だ。……と、彼らは言った。

 しかし可哀想に、それほどまでにニンゲンの声が大きくなった理由にすぐに気づける頭は持ち合わせていなかった。

 言わせてもらうが自業自得だ。彼らは純粋な力を誇り、非力な存在としてニンゲンたちを見下し、哀れむことすらしていたのだから。



 ニンゲンの技術とケモノの力、拮抗したまま争いは激しさを増す。農具は武器に、機械は兵器に変わっていく。

 依然として戦況は変わらない。それどころか、戦乱で破壊された環境が耐えかねたのか世界に満ちる魔素が均衡を失いはじめた。


 歪み、淀み、渦巻く魔素は「魔物」と呼ばれる怪物を生んだ。

 あるときは異形を象り、命あるものを見境なく襲う。あるときは形なくして死体に取り憑き、死者を愚弄するように彷徨う。

 殺そうにも霧散するばかりでまたいつか現れる。説得しようにも話も通じない。正しく理不尽の権化だ。



 嘆く者、諦める者、戦すら有耶無耶になる中で性懲りも無く戦う者。


 止まらない混乱の中に、“それ”は現れた。


 “それ”は神を名乗った。

 わたしが来たから大丈夫、あなたたちに力を貸そう。この戦争に勝てば魔物も消え、安寧が訪れる。負けることはない、共に世界を救おうじゃないか。そんなことを言って人々を鼓舞し、戦火へ誘った。

 誰もが安堵した。誰もが喜んだ。これで自分たちが勝つ、我々は報われるのだと。

 そう、思ったんだよ。


 “それ”は確かに神を名乗るに相応しい力と姿を持っていた。それをもってして、なぜ物語は終わらないのか?



 “奴ら”は、二体いるんだ。



 一方、黄金の鱗と雲の如きたてがみをもつ星の写し身はニンゲンに付いた。遥かなる天空と遷移を司る、その名は応龍。


 一方、漆黒の毛皮と宝晶の如き蹄をもつ花の写し身はケモノに付いた。広大な大地と適応を司る、その名は麒麟。



 疲弊した傀儡かいらいどもには口先だけの演説がそりゃもう甘美で魅力的だったんだろうね。瓜二つの口八丁は「盲信」なんて言葉すら生ぬるいほどに支持を集め、神の名の元にまた火蓋が落とされた。




 ……と、現状はこんなものかな。改めて話しても酷いものだよ、全く。


 ついでに私の話も少ししておこうか。

 私はには参加していない。どこにも属さず、個人で魔物の浄化方法を探している。理由は……まぁ、単なる私怨さ。

 得意なのは魔法。自衛できる程度の能力はあるが、前述の通り外界は散々。フィールドワークでは私一人じゃ少々心許なくてね。用心棒と話し相手を兼ねて君を造ったわけだ。


 こんなボロっちい施設が拠点で不安だろうが、ちゃんと機能はするはずだから安心してくれ。



『ま、ざっとこんなところだろう。長々とすまないね。

解析も丁度終わったよ。動作良好、オールクリアだ。ただこれは機体のチェックだけだから、君が機体に適応できているかのテストもしないとな』



 駆動音が止む。差し込まれたときと同じような音を立てて外れたそれは、やはり宙を漂って元あった場所に納まった。



『次は活動の確認だ。外に出ようか、ここは自由に魔法をブッ放すには少々狭いからね。歩けるかい?』



 外へ。移動するようだ。頷き、ふらつきながらも二本の脚で立ち上がる。持て余し気味な長い尾を引きずって、ノウンの背を追った。

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輝紡譚 アイビークロー @IvysTalon

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