俺と彼女の過ごす日々

日野 冬夜

第1話 俺と彼女の過ごす日々

「ねー」


「んー?」


「喉渇いた」


「そうか」


「ミルクティー、淹れて?」


「自分で淹れろよ」


「今忙しい」 


「ゲームしてるだけじゃん」


「このゲームに一時停止はない。だから手を離せない」


「それならミルクティーも飲めないんじゃないか?」


「がんばる」


「がんばるところを間違えてんだろ。少し待ってろ」


「ありがと」


 お湯を沸かしミルクティーを淹れる。最初は上手く淹れることが出来なかったが今では慣れたものだ。今ゲームしてる少女に何度もダメ出しされつつ教えてもらった成果だ。ダメ出しするくらいなら自分で淹れろと何度も思ったものだ。


「ほらよ」


「ありがと。飲ませて」


「そこまで面倒見切れねぇよ。ストロー付けといてたからそれで飲め」


「ん、流石。気が利く」


 テーブルに置いたミルクティーをストローで飲みながらも画面から目を離さない少女に呆れる。横着な奴だ。


「あつい」


「そりゃホットだからな」


「ふーふーして」


「しないしない」


「けち」


 どうでもいいけどホットってストローで飲むイメージないよな。火傷するから?


「買い物行ってくる」


「ん、早く帰ってきて」


「手伝ってくれてもいいんだぞ?」


「今手が離せない」


「はいはい、んじゃ行ってくる」


「いってらっしゃい」


 アパートから出て近所のスーパーへ。タイムセールの時間だからか歴戦のオバさん達が多数。疲れ切りながらもいくつかのセール品をゲット。今夜は魚でも煮よう。献立を考えながらアパートへ帰還。


「ただいま」


「おかえり」


「ゲームやめたのか」


「キリのいいとこまで行った。だから買い物してきてくれたあなたをお出迎え」


「ありがとう」


 買ってきた食料を冷蔵庫に入れる。お菓子の類は戸棚。クッキーだけは入れずに持って行く。


「ミルクティー淹れた」


「ありがとう」


「お茶にしよう?」


「そう思ってクッキーを持ってきた」


「わーい」


 クッキーお茶請けにしてミルクティーを飲む。やはり自分で淹れるよりこいつが淹れた方がうまい。


「当然。いっぱい練習した」


 ドヤ顔で胸を張る姿に呆れる。表情は乏しいし抑揚のない喋り方のくせにこういう姿を見ると感情は豊かなんだと感じる。




 こいつと出会ったのはもう何年も前。当時、俺の両親が事故に遭い他界した。俺を引き取る親戚もいなかったので俺は施設で過ごすことになり、そこでこいつと出会った。


 そこの施設は養子縁組をしていて、もらわれていく子供がそこそこいたせいか幼い子供達が多く、唯一の同年代がこいつだった。入ってきたばかりの俺は周りが年下の子供達ばかりということで上手く馴染めなかったが、長いことこの施設にいたこいつはそれなりに馴染んでいた。


 無理に年下の子供達に合わせるのではなくあくまで自然体。それでもこいつを慕う子供は多かった。


「見ない顔」


「今日来たばかりだからそれはそうだろう」


「お姉ちゃんって呼んでいいよ?」


「同い年らしいぞ」


「なんと」


 初めての会話はこんなもん。周りが自分より下の子ばかりで同い年が珍しいのか慣れない生活に戸惑う俺によく話しかけてきた。俺も小さい子供と話すより気楽だったので自分から話しかけることもあった。


 一緒にいる時間が増えて、ようやく新しい生活に慣れてきて、小さい子供達ともそれなりに馴染んで、でもこいつといる時間の方がずっと多くて、いつしか一緒にいることが当たり前になった。




 何年か経ち俺が施設に入ってからも何人か養子に貰われていったが、俺もこいつも施設を出て自立するまでそのようなことはなかった。




 


 施設のみんなに見送られながら別々の道を歩き始めた俺達はもう会うこともないのだろうと思っていた。


 施設を出て三ヶ月。新しい環境や仕事にもそれなりに慣れた頃、買い物を終えてアパートに帰ると何故か部屋の前でダンボールの中に座っているこいつがいた。ご丁寧にダンボールには拾ってくださいと書いてある。隣には大きなバッグもある。


「……なにしてるんだ?」


「にゃー」


 質問に答えずネコの鳴き真似をするこいつを無視して部屋に入ろうとするとズボンを掴まれた。


「捨てネコがいるのに拾わないなんて人の心がないの?」


「捨てネコなら雨の日に不良が拾ってくれるさ」


「今時そんなテンプレな不良なんていない」


「じゃあ子供が拾って親に元の場所に置いてきなさいって言われるさ」


「それ結局拾われていない」


 あーだこーだ言いながら最終的には部屋に入れてしまった。


「お世話になります」


 そう言う彼女を部屋から追い出す気はなかった。会えて嬉しいと思う自分がいた。なんだかんだ長いこと一緒にいたんだ。一人で生活しているとふとした時に寂しく感じることがある。


 それ以来彼女と一緒に住んでいる。最初はニートと化していた彼女だが、ゲームをしている動画なんかを投稿したらそれなりの額を稼ぐようになった。




「ひま」


「そうか」


「かまって?」


「仕事してるのが見えないのか?」


「とうっ」


「話聞けよ」


 後ろからもたれかかってくるので仕事を中断。急ぎの仕事じゃないから別にいいけど。


 パソコンを閉じてもたれかかってくる彼女の腕をタップし、一旦離れてもらってから振り向く。


「なんだかんだ構ってくれるあなたが好き」


「はいはい、俺も好きだよ」


 座椅子に背中を預けて足を伸ばしている俺の膝に彼女は寝転んで頭を預けた。男の膝枕なんて固いだけだろうに。


「頭撫でて」


「こうか?」


 膝に頭を預けている彼女の頭を撫でる。長い髪はサラサラで手触りが良い。しばらくそうやっていると彼女は体を起こした。


「満足」


「それは重畳」


「ゲームしよう?」


「気まぐれでネコみたいな奴だな」


「にゃー」


 ネコの鳴き真似をしながら腕を引く彼女とテレビの前に移動。並んでゲームを始める。


「私の勝ち」


「お前こんなに強かったか?」


「ネットの海で揉まれた」


「オンラインだとめちゃくちゃ強い奴とマッチングすることもあるか」


「最初は負けてばかりだったけど敗北を重ねるごとに強くなった」


「主人公かよ」


 前は俺の方が強かったけど負けてしまった。まあほぼニートのこいつはゲームしてる時間長いしな。


「私が勝ったので言うことを聞いて」


「罰ゲームありかよ」


「ん、頭撫でて」


「そんなんでいいのか。ちなみに俺が勝ったら?」 


「私の頭を撫でる権利をあげる」


「同じことじゃん」


 でも撫でる。サラサラだぁー。しばらくゲームしてると陽が傾いてきた。


「そろそろご飯の準備する」


「ほとんど勝てなかった…」


「精進しなさい若人よ」


「同い年だろ」


 夕食の準備を始めた彼女を尻目に一人でゲームを続ける。せめて互角の戦いができるようになりたい。


「ご飯できた」


「もうちょい後で」


「ダメ。それ長くなるやつ」


「分かった分かった」


 ゲームの電源を切り夕食にする。今日のメニューはトンカツか。


「験担ぎ。勝負に勝つ」


「なんのだよ?」


「……ゲーム?」


「もう勝負ついてんだけど」


 単にトンカツを見て口にしただけだろう。たまにその場のノリで適当なことを言うなこいつ。


「お風呂」


「先入っていいぞ」


「一緒に入る?」


「入らん入らん」


「昔は一緒に入ったのに」


「いつの話だ。そもそもアパートの風呂は狭いだろ」


「密着すれば入る」


「俺の理性がヤバい」


「ヘタレ」


 俺が本当に手を出したらどうするつもりなんだろう?一緒に住んでる時点で今更だが。


 彼女が風呂に向かうのを見送ってパソコンを立ち上げる。今のうちに仕事を進めておくか。


「あがった」


「んー」


「また仕事してる」


「出来る時にやっとく方が楽だろ」


「まじめ」


 まだ新人だから仕事内容も楽だしな。大した手間でもない。


「お湯冷める」


「それじゃあ入ってくるか」


 忘れずに内容を保存してから風呂へ。やはり風呂はいい。


「おかえり」


「ただいま」


「お風呂上がりにあなたが欲しいのは金のアイスですか?それとも銀のアイスですか?」


「金と銀のアイスってなんだ?俺が欲しいのは普通のアイスだ」


「正直者には両方のアイスをあげましょう」


「二つもいらんわ」


 差し出されたアイスのうち一つを手に取り、もう一つを突き返す。


「私の好きな味を渡してくれるあなたが好き」


「はいはい、俺も好きだよ」


「美味」


「それはよかった」


 アイスを食べながら取り止めもない話をする。仕事は明日でいいや。


「そろそろ寝るか」


「夜はまだこれから」


「半分ニートのお前と違って俺は規則正しい生活を心掛けてるの」


「ん、ならしょうがない」


「んじゃおやすみ」


 ニートの夜はこれからだろう。アイマスクがあれば部屋が明るくても俺は寝れる。ベッドに入り、アイマスクをしようとしたところで電気が消される。


「私も寝る」


「気を遣わなくていいぞ?」


「いい、寝る」


「でもまだ布団敷いてないだろ?」


 普段俺より遅く寝るこいつは部屋の中央に布団を敷いて寝るが、今日はまだ敷いてない。どうするんだろうと思っていたらベッドに潜り込んできた。


「おい」


「今日は一緒に寝る」


「世の中には男女七歳にして席を同じゅうせずという言葉があってだな」


「一緒に住んでいる時点で今更。それに一緒に寝るのが初めてという訳でもない」


「それはそうだが…」


「という訳でおやすみ」


「まあいいか…。おやすみ」


 隣に寝る彼女の体温で普段より温かい。その温かさを心地良く思いながら眠りについた。






「おはよう」


「朝か…おはよう」


「ご飯できてる」


「ありがとう」


「本日のメニューの目玉焼きにはソースがかかっております」


「醤油派の俺に対する挑戦か?」


「冗談。まだ何もかけていない」


「戦争は回避された」


 戯れ合いながら朝食タイム。それなりに長い付き合いなので互いの好みは分かっている。


 朝食後は俺はパソコンをカタカタ、彼女はゲームをピコピコ。ピコピコは古いか?現代風だと何になるんだろう?


「カチャカチャ?」


「突然どうしたの?」


「なんでもない」


「ゲームする?」


「仕事終わったらな」


「仕事なんか放っておこう?」


「生活出来なくなるぞ?」


「それは困る」


 なるべく早く終わらすから待ってろ。






 急いだかいあっていつもより早く仕事が終わった。


 並んでゲームをしていると唐突に彼女が口を開いた。


「私、邪魔じゃない?」


「突然どうした?」


「あなたに迷惑をかけている自覚はある。今日もわがまま言ったり、仕事の邪魔したりした」


「本当に邪魔だったらとっくに追い出してるよ」


 まだ不安そうにしている彼女を抱きしめる。


「施設から出て一人暮らしを始めてさ、ろくに趣味もないから退屈してた。施設にいた頃はなんだかんだでチビ達の面倒をみたり、お前と一緒にいて退屈する暇なんてなかったからな」


 集団生活から自立して一人暮らしを始めた当初は時間の使い方に悩んだものだ。家事は施設でやっていたから一通りできるし、一人分だと大して時間もかからない。


 することがなくてボーっとテレビを眺めていた日々。憧れの一人暮らしだったけど早々に飽きた。そんな風に惰性で生活しているとこいつがやってきた。


「お前が来てからの生活は楽しかったし、嬉しかった。たった数ヶ月離れていただけなのにな」


「私も一人じゃ寂しかった。だから迷惑かけるだろうけどあなたの所に転がり込んだ」


「その結果が捨てネコか」


「にゃー」


「はいはい、かわいいかわいい」


 雑に彼女の頭を撫でる。髪がボサボサになったにも関わらず彼女は嬉しそうだ。


「あなたに撫でられるの好き」


「そうか」


「もっと撫でて」


「仰せのままにお嬢様」


 いつにも増して甘えてくる彼女の頭を撫でてやると俺の胸にグリグリと顔を押し付けてきた。ネコみたいに匂いを擦り付けているのだろうか?しばらくそうやっているとようやく落ち着いたのか俺から離れた。


「満足」


「それは重畳」


「今度は私が甘やかす」


「どうやって?」


「私も頭を撫でてあげる。今なら私の巨乳に顔を埋める権利付き」


「虚乳?」


「失礼な」


 まったくないとは言わないが巨乳とはとても言えないだろ。そう思っていると彼女が手を伸ばしてきて俺の頭を抱えた。そして優しい手付きで頭を撫でてくる。しばらくされるがままでいると頭を撫でる手はそのままに話しかけてきた。


「いつもありがとう」


「んー」


「他にして欲しいことある?」


「なんで?」


「私ほとんどニートで居候だし」


「まだ気にしてんのか」


 思っていたより現状が不安らしい。動画投稿で稼いだお金は渡してくれるし家事もしてくれるから助かっている。なんなら一緒にいてくれるだけでも嬉しいんだが。


 まあ確かに俺も逆の立場だったら居候だと心苦しく思うかもしれん。じゃあ居候じゃなくなればいいよね。


「なら一つだけ」


「ん、なに?」


 今だに頭を抱えられたままだったので体を起こし、彼女と向かい合う。今から言う言葉はちゃんと目を合わせた状態で言いたい。


「結婚してくれ」


「……っ⁉︎」


 普段は半分閉じたような目が目一杯開かれる。そんなに驚く?


「…私邪魔じゃない?」


「邪魔だなんて一度も思ったことはない」


「…今よりも迷惑かけるかも」


「どんどんかけてくれ。俺も迷惑かけることがあるだろうが」


「…私でいいの?」


「お前がいい」


「…不束者ですが末永くよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく頼む」


 そう言って彼女を抱きしめる。彼女も抱き返してくれた。一度家族を失って、家族と呼べる人達がたくさんできて、また一人になったけど今度は二人になった。


「次の休みは空いてるか?」


「私はいつでも空いている」


「そういやそうだったな」


 半分ニートだもんな。抱きしめていた体を離し、彼女の手を握る。


「…どこかに行くの?」


「指輪を買いに行くか」


 握った彼女の手は外にあまり出ないせいかそのままでも白く美しい。だがここに一つくらい装飾品があってもいいだろう。


「…うんっ!」



 


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