第19話 星川の部屋、新しい関係
「本当に入っても大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫ですよ」
食後に必要な日用品をどか買いし帰宅したけど、星川から部屋まで運んで欲しいと言われ、今彼女のアパートに来ている。
アパートというのかマンションというのか分からないけど、こういう住居に入った事がないので緊張してしまう。もちろん同年代の女性の部屋に入るというのが一番緊張する要因だけど。
「お部屋も、ドスドス走ったり荷物を床に放り投げたりしなければ怒られる事はないので」
「ん、気をつける」
部屋に同世代の男が入って大丈夫か聞きたかったんだけど、そっちは気にしてないのか。
星川とエレベーターに乗ったけど、狭いエレベーター内に2人で居るというのは緊張に拍車をかけ、短い時間だけどすごく近くて無言になってしまった。
「どうぞ、ドア開けとくので先に入ってください。荷物は適当に床に置いといてください」
「お、お邪魔します」
星川の部屋は5階の角部屋だった。今まで4階建てだと思ってたけど、最上階である5階に一部屋だけ設置されていて、そこが星川の借りている部屋だ。管理人室や管理施設だと思っていた。
室内はまだ物が少ないせいか少し寂しい感じがする。でも何かいい香りもしてて、女性の部屋なんだと実感してしまい固まってしまう。
星川が俺の部屋に来た時も少し様子がおかしかったし、自分では分からないような匂いでもしてたんだろうか?やっぱり強めの消臭剤か芳香剤でも買っておこう。
「一旦ここらへんに置くよ?」
「はい、そこで大丈夫です」
部屋に入るとサニタリーやキッチンがあり、その奥にはリビングだろう部屋がある。リビングの横にも扉がある。布団やベッドが見当たらないので、そちらが私室だろう、勝手に入らないようにしとこう。
「ふぅ……」
「ありがとうございました。なんだかほとんど持ってもらっちゃって」
「いや、これぐらい余裕だから」
荷物を床にそっと置き一息つく。意地を張って食料や日用品を大量に持ち運んだので手がプルプルしてる。やっぱり運動不足だな。恥ずかしいのでばれないようにしないと。
「それじゃあ帰るよ」
「あ……」
「ん?」
女性の部屋に長居もあれなので荷物を置いたらすぐ帰ろうと思ったけど、星川の小さな声に気付きそちらを向くと、少し困った顔の星川がこちらに手を伸ばそうとして固まっている。
「どうした?」
「えと…………いえ、なんでもないです。それじゃあまた月曜日に」
……本当に昔と変わらない。遠慮してても、表情や仕草でそれがすぐ分かってしまう。
「別に暇だし、荷物の整理とか手伝おうか?」
「ご迷惑じゃないですか?」
「そんなことで迷惑には思わないよ」
こちらの提案に、星川は嬉しそうに表情を緩める。手伝って欲しかったのか寂しかったのかわからないけど、提案してよかった。
「拓海君……聞きたい事があるんです……」
「ん?」
荷物の仕分けなんていってもすぐ終わり、リビングでお茶を出され今日行った場所や次行きたい場所なんて話しで時間を潰した。そしてそろそろ帰ろうという時、神妙な面持ちで星川から質問される。
「拓海君は……私のことどう思ってますか?」
この前も同じような事を聞かれた。今回も質問の意図が読めず、どう答えればいいのか悩んでいると星川が言葉を続ける。
「婚約をお断りした理由は分かりました。私のこと、嫌いじゃないんですよね……でもそれなら……」
「それなら?」
「前みたいには……戻れないんでしょうか……」
悲しそうな、何かを訴えるような目で星川は俺を見てくる。
もし彼女がまだ俺の事を好意的に思ってくれているなら光栄なことだと思う。でもこれだけ長い期間交流してなかったんだ。彼女が好きなのは、昔の憧れや想像上の俺なのではないだろうか?
それに、俺はどうだろう?昔のように接して楽しいと思うし、女性として魅力的だとも思う。なら恋愛対象として好きだと断言できるか?他の女性に目移りしないか?そんな事を考えてしまう。
もちろん恋愛なんて、上手くいかないことはいくらでもある……そういうものも含めてするものなんだろう。だがそうと理解していても、幼いころにしていた、大人から見れば『ごっこ』とも呼べそうなもの以外で、きちんとした恋愛経験のない俺にはそこまで割り切る事が出来なかった。
「星川さんは、俺が今一番嵌ってるゲームわかる?」
「え?ご、ごめんなさい、わからないです」
「部活で普段どんな活動してるか知ってる?」
「ごめんなさい……書道部に入ってる事しか……」
「田崎兄妹以外の友人の事は?」
「わからないです……」
「1日にどれぐらい勉強時間取ってるかは?」
「……ごめんなさい」
俺の質問攻めに星川は何も答えられず、下を向いてしまう。酷いことを言ってる。母さんが把握していないような事を星川が知る術はない。成績の事も知らなかったんだから、細々とした事は教えてないだろう事も分かってた。
落ち込む星川を見ていると胸が苦しくなる。でもしっかりと俺の考えは伝えておきたい。
「俺も今の星川さんの事は料理が得意ってぐらいしか知らない。他の趣味もどんなものが好きかも普段どういうことしてるのかも知らない。それに何か隠してる事もあるよね?」
「それは……」
「いや、無理に言わなくて大丈夫だよ」
俺に会いに来てくれた可能性が高いとは思うけど、それなら高校2年からなんて中途半端な時期じゃないほうがいいはずだ。他の要因も考えられる。ファミレスのときの反応から友人関係のトラブルがあったのかもしれない。
「多分さ、星川さんが好きなのは小学校のころの俺なんだよ」
「そ、そんなことは!」
「でも、今の俺の事何も知らないだろ?」
「……」
星川は黙ってしまう。
「俺も別に星川さんの事嫌いじゃない。でも俺も今の星川さんの事は何も知らない。今の段階でこれが恋愛感情だって断言はできない。綺麗になった星川さんを単に性的に見てるだけかもしれない」
「せっ、性的……ですか……」
俺の質問攻めに意気消沈としてるけど、性的になんてワードに顔を真っ赤に染める。こんな一方的で酷い言い方をしてるのに、その反応で男性経験が少ないのではという期待をしてしまう自分に嫌気がさす。
「とりあえず付き合ってみるってのもありなんだろうけどさ。引っ越してきてそれで上手く行かなかったら星川さん、こっちで居心地が悪くなると思うんだ」
ある意味俺の逃げだ。でも、それでも、星川の想いが刷り込みみたいなものだったら……実際付き合ってみて、そのギャップに馴染めなかったら……そう考えてしまう。だが星川の気持ちも大事にしたい。いや、これは大事にしたいという俺の勝手な思いあがりかもしれない。それでも……一つの提案をする。
「まずは、友達から始めないか?」
「お友達から?」
「うん、まぁもう友達だとは思ってるけど。仲のいい友達として過ごして、お互いの事もっと知って、それでもお互い離れなかったり、好きだと思ったら、改めて話そう」
一方的に婚約を蹴っておいて酷い言い分だ。でもまずは今の俺を知ってほしい。俺も今の星川の事をもっと知りたい。
「…………わかりました。私、頑張りますから」
しばらく押し黙っていた星川は、何かを決意したような表情でそう宣言する。
「俺の我侭に付き合ってもらう形で悪い。星川さんも、愛想が尽きたり他に好きなやつができたら、気にせず自分の好きなようにして欲しい」
「……はい」
「じゃあ今度こそ帰るよ」
「あっ、待ってください!」
また微妙な表情をさせてしまった。とりあえずこのまま帰ろう……そう思ったけど再度呼び止められる。
「こちらも一つお願いがあります。……それに質問も一つあります」
「お、おう」
俺の方が好き勝手言ってるんだ、聞ける願いなら答えないとな。
「お友達としてなら……星川じゃなくて、前みたいに名前で呼んで欲しいです」
「名前で?」
「はい……駄目ですか?」
かわいらしく首を傾け聞いてくる星川。そ、そうだよな。なんとなく恥ずかしくて苗字で呼んでたけど、名前を呼ぶくらい普通だよな。
「わかったよ、み……海羽」
「はい!」
名前で呼んだだけでものすごい嬉しそうに返事をされ、顔が赤くなりそうになる。自分としても名前の方が呼びやすいししっくりくる。でも少し恥ずかしい。
「で、質問のほうは?」
「私のこと……性的には興味持ってもらえてる……んですよね?」
恥ずかしくなり話を進めると、海羽はそんな質問をしてくる。顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらも、艶っぽい潤んだ瞳で下から俺を覗き込んでくる。その表情があまりにも扇情的で、こちらも体温が一気に上昇する。
「ばっばか!そういうの男に質問するな!襲われるぞ!気をつけろよ!!じゃあな!!」
真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて、それだけ言って逃げるように海羽の部屋を出た。
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