虚像(宮城)

 東京駅を出てから、藤原竜也を見ることは少なくなった。行き先は仙台。詳しくは

国際センター駅。さらに詳しくは、仙台城である。

 仙台駅は主要なステーションであることも相まって、お土産の展開力が目を見張った。コンピュータウィルスのように店に張り巡らされたお土産屋さんは、必ずや観光客に良い思い出を持ち帰ってもらおうという執念を感じる。国際センター駅はアイススケート発祥の地らしく、羽生結弦やらの看板が立っている。開けた駅前は、ゆとりがあって子供たちの遊び場になっている。そこから歩いて仙台城に向かう。

 先日の地震の爪痕が強く残っていて、仙台市博物館の石畳のタイルはひび割れていた。隆起して斜めに割れてしまったものもあれば、階段を構成するタイルが剥がれ落ち、痛々しく土色がにじみ出ている箇所もあった。復旧はまだ手を付けられておらず、ただ三角コーンで立ち入り禁止になっている。そのような災禍の跡を横目に、坂道を登っていく。仙台城は坂の上にあるが、車で立ち入ることはできなくなっていたため、息を切らしながら歩みを進めた。

 城壁の跡は立派で、石の作りも緻密だった。丸っこい石が多いように感じる。石垣は、橋が四角い石で丁寧に線を描かれているのに対し、平らな部分は小石など思いつくままに詰め込まれているようで楽しい。石垣を構築する際の変遷は見ていて興味深いものだろう。

 仙台城は城自体は残っておらず、城に至るまでの道程を楽しむものだった。あるいは柱の刺さっていた跡を眺めて、その上に構築されていた建物を想像して遊ぶような。ただ仙台城の観光運営側としても、過去の仙台城の姿を想起させるような取り組みがなされており、「VRでタイムトリップ!」の文字が看板からはみ出んばかりに踊っている。「仙台城VRゴー」という催しらしい。前向きに資源を生かしていく姿は見習うべきものがある。

 見どころの一つとして伊達政宗像もあるのだが、彼は先日の地震の影響で壊れてしまい、絶賛修復工事中だった。工事中の姿について、透けたビニールの幕で囲うことで外からは見えるようにしておく取り組みが他の観光地では散見されるが、ここ仙台城ではどんなに目を凝らしても見えない白い幕でおおわれていた。伊達政宗の伊達者ならざる部分は見せまいという粋な計らいなのだろう。地震により傾いてしまった姿もまた一つ伊達政宗らしさを表すように思えるが、見ることを許されたのは白い幕に描かれた伊達政宗像の写真だった。やや離れたところ、かつ少し高い位置から見ることで、兜の一部を覗き見ることはできた。それは後姿であったが、後姿だけでも拝むことができたのは僥倖というべきだろう。

 「ずんだ!」と甲冑姿の男数名が観光客の応対をしていた。子供らが写真を撮ってもらっている。近づいてみることはしなかったため、彼らがどの武将として振る舞っているのかを知ることはできなかった。サービス精神旺盛で、フレンドリーな将たち。彼らは行政の要請で仙台城にゆかりある武将として振る舞っていたのだろうか。あるいは休日のたしなみだろうか。坂道を降りた今、いずれかを知る手立てはない。

 坂道を上ることに疲れたのでコーラを買う。いつか自転車旅をした時に全身に染み入るようなコーラを経験してから、体を動かしたときにはつい手に取ってしまうが、未だにあの日を超える、全身に力がみなぎるようなコーラには出会えていない。いつ だってエネルギー過剰で、無駄にしてしまっているような感覚がある。

 あの日の虚像を冷えたコーラに見出しながら、仙台城を下る。

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エッセイ『肆七』 ちい @cheeswriter

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