第39話

雨の中空の家へ行き、風呂を借りた。

折り畳み傘をさして帰る予定だったのだが、天気予報を見て傘を用意していた空が傘を交換してくれた。私が空の大きい傘を使い、空が私の大きくない折り畳み傘を使った。おかげで私はあまり濡れずに済んだが私より体格の良い空は随分と濡れてしまった。


「ねぇ、あの女なに」


タオルで頭を拭きながら空が呟いた。


「福永さん?」

「そう」

「あぁいう子なんだよ。特徴を挙げればきりがないけど一言でいうなら、好かれない子」

「だろうね、よく分かったよ」


余程嫌いなのか、ここまでイライラしている空を見るのは久しぶりだ。

炭酸飲料を飲みながら眉間にしわを寄せている。

普段なら何ともない顔で悠々と貶す言葉が口から出てくるのに、今日は怒り顔がおまけでついてきた。誇ってもいいかもしれない福永さん、あの空がここまで拒否しているのだから。


「皆も嫌そうだったよね、教え方も上から目線だったし」

「あいつ、間違ってることも偉そうに喋るの。違うって指摘したら、えっそんなことないよ言い方が悪かったかなー、とか言いながら言い直すんだけど、俺が言ったことを言いまわし変えて、こうだよねーって話すの。いや、さっきと言ってること違うじゃん」

「変にプライド高いからね。間違いを認めたくないんだよ」

「多分あれでしょ、同級生は自分よりレベルが下だと思ってるから教えてもらうのが嫌いなんでしょ。それで、教師に気に入られることで自分は教師と同じレベルだと思ってる」

「当たってる」

「周りを見下さないと自分を保てられないってことだよね、可哀想に」

「誰も言ってあげないんだよ。あの子自分が全部正しいと思ってるしスピーカーだから、こういうところが悪いよって教えてあげても、被害者面して悪口言われたって吹聴するのがオチだし。誰も、自分が悪者になってまで直してあげようとは思わないんだよ」

「優もなかなか言うよねぇ」

「私、あの子好きじゃないし」

「へえ、今回は見る目あったね」

「今回はってなに」


あはは、とはぐらかす空をジト目で睨みながら国語の教科書を広げる。


「あ、そうそう。あのデブがこのページの...ここ、生い立ちだけじゃなくて代表作も出るって言ってたけどこっちのも出るから」


そう言ってペラペラとページをめくって印をつける空。


「あとこの小説からの出題は少なくて古典と漢文から多く出るみたい。現代文はそこそこにしてこっちやった方が良いよ。あとこの文章の書き下しが出るから...」

「....それ、勉強会で言えばよかったんじゃないの」


福永さんより空の方が情報を持っている。

福永さんは自分から教師の元へ行き、気に入られようとしているが、空の場合は教師の方から寄ってくる。二人が同じ教師の元へ行っても歓迎のされ方が違う。福永さんが行くとお茶を出される程度だが、空の場合だとお菓子はもちろん焼き芋やジュースまで出してくれるという。とんでもない贔屓がされていると知ったときは空を恨めしく思ったが、空の付属品という立場のおかげで私もなんとか良い成績をもらっている。「俺が勉強教えてるんですよー」と私を紹介すると成績アップは間違いない。

成績優秀で完璧な生徒が先生先生と慕ってくれるのだから嬉しい限りだろう。


「全員に色々教えると俺が教師から何か言われるじゃん」

「それもそうだね」

「そういえば、あいつ成績良いの?」

「福永さん、順位は一桁になったことないはずだよ」

「じゃあ優が一桁取る?」

「え、いいよ」

「今まで平均よりちょい上しか取ってないじゃん」

「私の最高、十七位なんだけど」

「一桁いってみようよ。優、高校入って勉強もまあまあできるようになったし、もうちょっと頑張ればいけるって」


中学の頃はあまり出来が良くなかったが、高校に入って成績が良くなった実感はある。

授業中に気分を害する悪口も飛んでこないし、静かに授業を受けているからだろうか。


「春一番のテスト、順位どれくらいだった?」

「えっと、二十位くらい」

「じゃあいけるよ」


確かにそう言われると一桁を取りたい気持ちはある。


「あのデブ抜けるし、成績は上がるし良いことだらけだよ?」

「うーん」

「今まではテストに出るものを少し覚えただけだったじゃん。今回はじっくり勉強すればいけるって」

「うーん、まあ、いいよ。その代わり私が一桁取ったらご褒美頂戴」

「良いよ」


国語の教科書とノートを開いて隅から隅までよく目を通した。


「それにしてもさ」

「なに?」


必死でやらなければならない程国語は分からないわけじゃないので、空との談笑は続く。


「福永さんって空のこと好きなのかな」

「さあ、でもお近づきになりたいんじゃないの。アクセにしたいんでしょ」

「やっぱそっちか」

「俺がもし、ありえないけど、もし、告白でもすれば即答でOKするだろうね。そして私が選ばれたんだってことを自慢気に語り歩くんでしょ」

「想像できる」


空はデブ専じゃないのであくまで仮定の話だ。


「空」

「ん?」

「前みたいにまた何かの理由で彼女つくることがあってもさ、福永さんみたいな人だけはやめてね」

「俺もあんなのを隣に置いて歩くのは恥ずかしい...」


よかった、恥ずかしさを持っていて。

私だってあんなのに彼女の座を渡したくはない。


デブを追い抜けるし成績が上がる、と先程言われたのを思い出した。

確かに、良いな。

私が順位を上げて蹴落としたら、とてもすっきりしそう。

福永さんは好きじゃないし、関わらないでくれたらそれで良いんだけど、今まで小さなイライラの積み重ねで、軽いストレスはある。それを少し晴らすくらい良いかもしれない。

段々と空の性格の悪さがうつってきている。性格は菌のように感染するようだ。

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