3-3
「それにしても腕は衰えてないみたいだね」
「練習を欠かしていないだけよ」
「フランスはどうだったの?」
「別に日本と変わらないわ。鬼哭アルカロイドが出現次第、滅却する。ただそれだけよ」
「生活の方は」
「特に困ったことはないわ」
「それならいいけど」
「あなたはどうなの。この二年間で腕は上がったのかしら」
「どうかなぁ。もう慣れたけど」
「やれるようになるまでやる、っていうのがベストよ。ところでトキオ」
と、ぼくに会話の矛先を向けてきたのでぼくは応える。それにしてもいきなり呼び捨てかい。
「なんでしょう」
「あなたは陰陽連に入ってどれぐらいなの」
ちょっと考える。
「二ヶ月ぐらいかな」
「戦闘には慣れたのかしら」
戦闘。
「まあまあ……。あの、キリシマさんは」
「イリスでいいわ」
「じゃああの」名梨が嫉妬するだろうかと思いながらもぼくは彼女のリクエストに応える。「イリスは前までここにいたの?」
「そうよ。去年までね。去年の夏、家の都合でフランスに行ってたの」
「レッドさんにスカウトされたの?」
「そうよ」
「そうなんだね」
などとぼくら三人はアジトへと向かう最中に会話を繰り広げていたのだった。
キリシマさん、もとい、イリスは、学校にいたときとはだいぶ違ってかなり前のめりに会話に参加していた。そもそも自分の話題が中心だから当たり前なのかもしれないが、しかしそれにしてもさっきまでと違ってずいぶんハキハキしているような気がぼくにはした。
有り余ったエネルギーが解放されつつある……と言った印象を、ぼくは受けた。
しかしだからと言ってぼくは特に殊更に質問したいことがイリスにあるわけではない。別に相沢さんやレッドさんたちと同じように対鬼哭アルカロイド要員として陰陽連合にいるわけで、改まって訊かなければならないことが特にあるわけではないのだ。質問事項としては君の武法具は何なんだいぐらいのことで、それだって実際に活動していけば自ずとわかることだ。
むしろぼくとしては自分の勘が当たったのはなぜだろうということに我ながら注目していた。どうしてぼくはイリスがメンバーであることがこうもあっさり理解できたのだろう。
「感知能力が上がっているのかもしれないわ」
ぼくの疑問にイリスはスラスラと答える。
「私もトキオが隊員であることはすぐにわかった」
「それにしちゃいまは二人からなにも感じないけど」
「発展途上なだけだと思うわ。まだムラがあるのかもしれない。そうでなければ私の存在に気づくとは思えないもの」
単に目立っていたから、というだけではない、ということをぼくは改めて考える。
「それにしてもさっきまでと違ってずいぶん……」
イリスはニヤリと笑う。
「喋ってる、って?」
「というか」
ふう、と、イリスはため息をついた。
「私はどうも外見で損してるみたいだわ」
これほどの美貌の持ち主ならそれはそれで苦悩があるのかもしれない、と、ぼくはさっき考えたことを思う。
イリスは続けた。
「どうも深窓の令嬢みたいに思われるのよ。フランスでもそうだった」
「違うっぽいね」
「一応まだ転校したばかりだから気ぐらい遣えるわ」
「抑え込んでた感じ」
ふふ、と、そこでイリスは微笑んだ。やっぱり笑顔だけだと天使のようである。
「明日からは自分らしくいこうと思うわ」
「それは、みんなびっくりするだろうね」
「知ったことじゃないわ」
どうやらこのイリスという少女は強気で、勝ち気で、元気な少女のようである。
さっきから話をしていてぼくはもう彼女の本質に気づき始めていた。外見ではおとなしい美少女だが、しかしその内面はかなり苛烈だった。よく喋るし、自分の意見を曲げない人間のように思える。光里さんとはまた違った強かさ。具体的にはその強さを隠す気はさらさらなさそうだという印象をぼくは受ける。なんとなく、“熱血美少女”という言葉で彼女のことを表せるような気がした。
「メンバーはあれから増えたの?」
と、イリスは相沢さんに訊ねる。
「女の子が一人。殊袮っていうんだけど」と相沢さん。「同級生で、クラスは違うんだけど、いま忙しいみたいでなかなか学校に来れてないんだよね」
「仲良くできたらいいわ」
「本当にそうしてほしいわ」
「私はいつだって友好的よ」
「光里にはずいぶん好戦的に見えるけど」
「だってあの人、いつまでも相生がどうとか話にならないんだもの」
「それは言ったでしょう? 考え方、見解はそれぞれに異なるんだって」
「鬼哭アルカロイドに見解なんて必要ないわ」
「そうは言うけど、それぞれ人生があるんだから」
「トキオ」
そこでイリスは再び会話の矛先をぼくに向けた。
「なんでしょう」
「あなたにとっての鬼哭アルカロイドはなに?」
質問の意図と、直前の二人の会話の意味を考え、ぼくはしばし逡巡する。
「さあ、って感じで」
「わかりやすくていいわ」
「それはどうも」
「さて、というわけでアジトへ到着しましたよ」
目の前には和洋折衷の奇妙な建物。
「相変わらずね」
「それはもう」
「では行きましょう。麗子がいるぐらいかしら」
「と、思う」
ぼくら三人はアジトの扉を開き、玄関へ入る。すると女性物の靴が二つ並んでいた。
「光里が来てるみたいだけど大丈夫?」
という相沢さんに、イリスは、
「知ったことじゃないわ」
と、応えた。
ぼくは常々考える。
レッドさんも相沢さんも麗子さんも、鬼哭アルカロイドの見解は個人によって異なるということをずっと言っている。客観的な三人、という感じだろうか。前回の光里さんは相生の関係にあると言い続けていたし、イリスはさっき“滅却”なるやや物騒な言葉を使っていた。
少なくともぼくには光里さんとイリスがずいぶん主観的な人間に見える。
だがしかし、それだけ人間的であるといった印象を受けるのも確かだった。
イリスにとっての鬼哭アルカロイドと、光里さんにとっての鬼哭アルカロイドは違うもの……ということなのだろうか? それぞれの人生がどうとか相沢さんは言った。だから、幼い頃から鬼哭アルカロイドと接する中で、それぞれ独自の見解を持つに至るようになったということだろう。
ただ相生にしろ滅却にしろ、消す、という点に関しては同じことをしているとぼくは思う。第一、単に消去するというだけならレッドさんたちだってそうしているのだ。ただそこでどのような意図が働いているのかがそれぞれに違うということなのだろうか。
正直、ストレス解消、リフレッシュの手段として鬼哭アルカロイドの相手をしているぼくは、この二人に比べてずいぶん楽観的のようだなと思う。
でもそれでも役に立っているっぽいし、それでいいのだろう。
……などと、ぼくはそのときまでのんびりと構えていた。見解が異なるだけで結果が同じなら関係ないと。
甘かったと思う。
そんなに対・鬼哭アルカロイドは、甘い世界ではないようだということを——ぼくはこのあと即座に知ることになるのだった。
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