2-6

 というわけで霊道を潜り抜けるとそこは夜の繁華街。もうすでに他のメンバーは全員到着していた。街には夕方とまるで同じように鬼哭アルカロイドがうようよと蠢いている。

「すみません、遅れましたか」

「とんでもない」と、レッドさん。「来てくれてありがとう」

「それで、なにがどうなって?」

「うん。目標と光里の式神の相性が良かったみたいで、全部撃破できなかったんだよね。そこから増殖を開始してしまったんだ」

「何と言って良いのやら」と、光里さんは特に悪びれもせずにそう言った。「わたしとしては願ったり叶ったりなんですけど」

「いままでこういうことは起こらなかったよね」

「相性云々で存在形態が一定水準を超えるとはありがたい話ですね」

 つくづく光里さんの見解が気になる。彼女は鬼哭アルカロイドを単純な“敵”だとは思っていないのだろうか。

「まあとにかく」

 と、レッドさんが説明を始めた。

「トキオの力が必要なんだよ」

「それさっきも言ってましたけど、ぼく自分になにができるかなんてわかりませんよ」

「単刀直入に言うと、おそらくトキオの術は他者の霊力を触媒にする」

 ?

「ゲーム的に言うと、自分のMPと仲間のMPを使って魔法を発動させるわけだ」

 しばし考えてみて、だんだん理解をし始めた。

「ということは、ぼく一人じゃどうにもならない?」

「そうだね。他の隊員と一緒に戦うことで、君は真の力を発揮する」

 そうなるとぼくは日常的に相沢さんやレッドさんと行動を共にする必要があるのだろうか。簡易型結界術では防御の限界があるとのことだが、それではぼくが危険なのでは。

「トキオはトキオで武法具を使うことで一人でも戦うこと自体はできる」

 と、そこでレッドさんはポケットの中からなにかの植物の葉っぱを取り出した。

「葉っぱ?」

「植物なら何でもいい」

 次の瞬間、その葉っぱは薙刀へと変身した。

 目を見張るぼくにレッドさんは説明する。

「要は、オレたちの武器、武法具は、植物を媒介にしているわけだね」

 どこから出現させたのかわからない薙刀なり大太刀なりはそういうことだったわけか。

「なるほど」

「だからトキオも」と、レッドさんはぼくの元へ歩き、一枚の葉っぱを渡した。「やってごらん」

「なにを?」

「トキオの好きな武器をイメージするといい」

「好きな武器、ねぇ」

「まあ、差し当たり、例のハンマーが一番イメージしやすいだろう」

 葉っぱを受け取り、しばし眺める。

「霊力を込めて」

 言われるがままに右手の葉っぱに力を込める。あのとき、空中から出現したハンマーをイメージする。

 するとその葉っぱが次第に形状を変化させていき、やがてぼくはハンマーを手にしていた。ちょうどいい大きさ、重さで、なかなかの武器になりそうな気がした。

「上出来だ」

「はあ」

「とりあえずこれで戦うことはできる」

「それであの、ぼくの力が必要っていうのは?」

「光里とコンビを組んでほしい」

 光里さんと横目に見る。彼女はにっこりと微笑んだ。

 レッドさんは続けた。

「いいかい。そもそも光里の式神はこの辺一帯の鬼哭アルカロイドを全て連動させる効果を持つ。つまり一体倒せば他のやつらにもその影響を与えるということだ。んで、今回のミッションは光里の式神と君の術を融合させること。そうすることで光里の式神に君の性質を重ね合わせることができるはずだ。だから光里と今回の鬼哭アルカロイドの相性がいい、というところにトキオという第三者が介入することになるわけだね。まあ要するに、仲良しの二人組に別のもう一人が加わって二人の関係性が変化するようなものだ」

 わかるようなわからないような。

「ま、やるだけやってみよう」

「ダメなら?」

「最終的には一体ずつ撃破するしかないね」

 それじゃ時間がいくらあっても足りないだろうに。

「まあトキオのハンマーが鬼哭アルカロイドを撃破することができるっていうのは確かだから——絶対大丈夫」

 と、レッドさんはグッドサインを示した。

 じゃあまあ、やってみるか、という気持ちになってくる。根拠がないわけではないし、やるだけやってみようか、と思う。

「じゃあ、やれるだけのことをやれるだけ」

「よしよし。素直で嬉しいよ。それじゃみんな」と、レッドさんは全員に目をやった。「麗子と明日香はそれぞれ別行動でフィールド上の目標を撃破」

「了解」と、二人。

「光里とトキオはさっき言った通りに」

「了解しました」と、光里さん。

「オレは君たちを守る」

「了解です」と、ぼく。

「よし。では作戦開始!」

 レッドさんの掛け声と共に相沢さんと麗子さんが鬼哭アルカロイドへと向かっていく。レッドさんはぼくに笑顔を向けたのち、ぼくらから少しばかり距離の離れたところで待機する。

 ぼくは光里さんを見つめた。

「よろしくお願いします」

 光里さんはくすくす笑った。

「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」

「じゃあ、なにをぼくは?」

「そうですね……」と、しばらく考えたのち、光里さんはこう言った。「じゃあ、まずはわたしとトキオさんの霊力のチャンネルを合わせることからですね」

「チャンネルを合わす?」

「そんな大層なことではないかと」

 光里さんがぼくに右手を差し出す。おそらく手を繋ぐことを求めているのだろう。ぼくはそれに応じて彼女と手を握る。

「自分の霊力とわたしの霊力の融合を、といったイメージで良いかと思いますよ」

「はあ」

「どこかで線が繋がります。その感覚のままトキオさんは術を発動させてください。そうですね、例えば、わたしの式神たちに一本ずつハンマーを持たせる、みたいな絵面でいかがでしょう」

「やってみます」

 ぼくは自分の霊力と光里さんの霊力を融合させるというイメージのもと、右手に霊力を集中させた。精神統一。一点集中。だんだん熱くなってくる。と同時に、光里さんのエネルギーも伝わってくる。しばらくそうしていると、点と点が線に繋がったんじゃないかという感覚が芽生え始めた。光里さんを見ると、彼女も同じ感覚に至ったようである。

「では、始めます」

 そう言って光里さんはショルダーバッグを開く。中からサイコロや花札がわらわらと出てきて——夕方とは違い、みんな小さな小さなハンマーを持った小動物の姿へと変化した。

「成功ですね」

「なのかな?」

「そうですとも。じゃあみんな、行ってらっしゃい」

 式神たちはみんな街中へと散らばっていく。

 そうしている間にもレッドさんは前方の目標を次々に撃破していく。——あれでもちょっと待って、そうなるとぼくらの後ろは?

「後ろがガラ空きでした」

 と、光里さんはどこからかダーツを取り出し、後ろから迫ってくる鬼哭アルカロイドに投擲する。その鬼哭アルカロイドにはいつの間にかぼくのハンマーを持った式神がくっついている。何度かダーツを投げたのち、そいつは光を放って消滅した。

 光里さんはぼくを見てくすくす笑う。

「直接的にはなにもできない、というわけではないんですよ」

「はあ」

「それにしても相性がいい場合があったり、それで相生させて目標が増えるというのはいいことを聞きました」

 相生。そのワードは夕方も聞いた。

「あのう、光里さん」

「はい、何でしょう」

「光里さんは、鬼哭アルカロイドを何だと思ってるんですか?」

 結局のところ、という意味の質問をしたぼくに、光里さんはくすくすと笑いながら、そうですね、と説明を始めた。

「あらゆる霊的現象の源です。わたしたちの力も鬼哭アルカロイドによって成り立っています。霊力や武法具がいい証拠です。わたしたちの不思議現象だけが特別、なんてことはないでしょう?」

 それは……そうかもしれない。考えてみれば鬼哭アルカロイドと自分たちの霊力が完全に無関係であるとは言い切れないとは思う。

 光里さんは続けた。

「だから、鬼哭アルカロイドが完全消滅なんてしたら、わたしたちも消滅してしまうんだと思うんです」

 それはいくら何でも考えすぎではないだろうか。しかし光里さんは「と思うんです」とは言いつつもだいぶ確信があるようにぼくには思えた。

「だから、そうですね。“相生”させることで、わたしたちは彼らを守っている、と言えるでしょう。持ちつ持たれつ、ということですね」

 鬼哭アルカロイドを守っている。

 ……考えてみれば、確かに初めてレッドさんと出会ったとき、ぼくは鬼哭アルカロイドに“襲われた”と感じたが、結局のところ向こうはなにを目的にぼくに接触したのかはわかっていないとは言える。あれは“襲った”のではなく、例えば霊力の高いぼくに相生を求めてとか、そういうことだった可能性は充分にある。それに、この間の神社も今回の繁華街も、鬼哭アルカロイドはうようようろうろしているだけで、具体的に人間たちをやっつけようとかそういう意識があるようにはぼくには見えなかった。少なくとも野生の熊が街に降りてきた、と言ったほどの危機感はない。

 もちろん、だからと言って放っておいていい存在にも見えない。だからぼくら陰陽連合が存在している。光里さんは“持ちつ持たれつ”と言った。光里さんにとって、陰陽連の活動により鬼哭アルカロイドは消滅をしているわけではなく、自分たちの霊力、はたまた存在そのものと相生している——と、いうことで合っているだろうか?

「見解は人それぞれですけども」

「はあ」

「でも、さっきも言いましたけど、自分たちの不思議現象だけが特別、だなんて、わたしにはどうしても思えなくって」

「それはわかる気がしますが」

 光里さんはくすくす笑う。

「まあ、世の中は多様にできているわけだから、どうしてもいろんなことを考える人たちがいろんなふうに生きているのは避けられません。でもわたしとしては、単純に消せばいいなんてふうには考えられなくって。鬼哭アルカロイドとは物心ついた頃から付き合ってきたんですし、関わり方も自分の中で決着がついていますからね」

 でも、と思う。

「光里さんの見解が正しい、とも言い切れないわけですよね。他のメンバーからすれば」

「そうですね。でも、わたしだって、わたしは絶対に正しい、とかそういうふうに思ってるわけじゃないんですよ」

「じゃあ、どういうふうに思ってるんですか?」

「そうですね」

 そこでちょっとだけ考え、やがて光里さんはあっさりと答えた。

「見解は人それぞれだなぁって、そう思っていますよ」

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