第二十四話 魔女と王国

「もちろん、経緯については説明します。そうですね……まずは、姉さんが"魔女の概念を変化させる魔法"の準備を進めている間に、私がしていたことについて説明しましょうか」


 私の疑問を受けて、へカーティは鷹揚に頷きそう言った。

 やれやれ、一体何がどうなったら衛兵に成りすましていた第四王子と、我が家で話し合いをすることになるんだろうか。


「私の考えていた魔女差別を解決する計画を実行するためには、権力者との取引が必要不可欠でした。そこで私は、王城にこっそり妖精を忍び込ませて、話し合いができそうな権力者を探すことにしたんです。それで見つけたのが、エフノール様というわけですね。まさか顔見知りがいるとは思いませんでしたから、見つけたときは驚きました」

「ちょっと待ってちょうだい。妖精を忍び込ませただけで、どうやってエフノールを"見つけた"の?」

「……あ、そういえばまだ話していませんでしたね。私、使役している魔物と視覚を共有することができるようになったんです」


 ついうっかりといった様子でそう話すへカーティの言葉を聞いて、私は内心驚嘆した。

 投石で倒れる前までは、私は彼女のことを大人しい子供だと思っていたのだが、それはとんでもない思い違いだったとつくづく思い知らされる。

 一人で綿密に計画を立て、実行し始めてしまうほどの鋭い爪を、一体どこに隠し持っていたのだろう。


 ……いや、或いは、この僅かな期間で爪を研ぎ澄ませたのだろうか。

 私と共に、重荷を背負うために。


「話を戻しますね。それから、私はエフノール様と妖精を用いて手紙の交換を行い、取引の内容と互いの意思について簡単に共有を行いました。そして今、細かい取引の内容調整のためにこの場を設けたというわけです。取引の内容については――」

「それについては、僕の方から説明しましょう。これは、現在の王国の事情にも深く関わってくることですから」


 へカーティの言葉を遮り、エフノールはそう発言した。

 第四王子として振る舞う彼の声からは、王族らしく堂に入った雰囲気を感じる。

 四番目とはいえ、本物の王族は伊達ではない。


「へカーティ様から提示された取引の内容は至って単純。雷鳴の魔女ブロンティが率いる魔女集団の反乱鎮圧に協力していただく代わりに、こちらは魔女だけの国を作るのに協力するというものです。……お恥ずかしい話なのですが、王国騎士団の最高戦力は魔女だったのにも関わらず、王国に蔓延る魔女差別を放置した結果、王国騎士団の魔女たち全員が、雷鳴の魔女が率いる集団に寝返ったこと確認しています。この状態のまま反乱が始まれば、王国は大きな被害を出すでしょう」

「政治への参加を認めずに、中途半端に魔女を利用し続けたのが最悪の結末に繋がったのね」

「おっしゃる通りです。それにも関わらず、王国議会の貴族連中は魔女と話をしようともしない。僕は衛兵として魔女の力を見てきましたから、魔女を敵に回すことの愚かさを理解しているつもりです。ですからこうして、危険を顧みず独断で話し合いに来ている」


 なるほど、エフノールの立場と取引の内容については概ね理解できた。

 しかし、この取引には一つ懸念点がある。


「第一王子ならともかく、第四王子のあなたと取引して、王国が取引を履行してくれるのかしら。独断で動いているのよね」

「その懸念については理解しています。ですが……これに関しては僕の独力ではどうにもなりません。悪化し続ける状況にしびれを切らし、革新主義の僕に賛同するようになった者もいますが、貴族というのは基本的に頭が固いものです。保守主義の父上や第一王子を支持する者が多いのが現実でしょう。それに、僕は後継者争いから一線を退き、衛兵として働いている王族内の敗北者ですからね。一応、市井の声を王族や貴族に届けるというのが真の仕事なのですが……閑職であることに変わりはありません」

「考えはあるのかしら」

「はい。幸いなことに、現国王の父上は話の分かる人物で、僕の考えに理解を示してくれました。ですが、それと同時にあなた方の力量に疑問を抱いてもいます」

「つまり、私たちが力量を示せば現国王が味方になるということですね?」

「ええ、そういうことです。ご存じかと思いますが、国王は王国議会の賛同を得られなくとも王国を自由に動かせます」


 へカーティの質問に対して、エフノールは頷いてそう答えながら、一枚の紙を懐から取り出した。

 そこには、髭面で彫りの深い男の精巧な似顔絵が描かれている。


「力量の示し方については、父上から指定がありました。この似顔絵の男の暗殺です。この貴族の男には自身の領地内で麻薬の製造を主導していた容疑があり、結論としては黒であると判断されています。ですが、狡猾で警戒心が強いこの男は犯罪の証拠を我々に掴ませない。そこで、父上はあなた方に暗殺を依頼したわけです。この男の警戒網をかいくぐり、人による殺害を疑われずに暗殺を遂行できたのなら、父上もあなた方の力量を認めるでしょう」

「……取引の前提として貴族の暗殺を要求するだなんて、少し私たちに求めるものが過大すぎないかしら?」

「それを言うなら、あなた方の要求も大概でしょう。魔女だけの国を作るのに協力するということは、我が国の領土の一部をあなた方に明け渡した上で、そこに建国される魔女の国の正当性を保証するということ。非常時とはいえ、既に破格の譲歩をしていることをご理解いただきたい」


 それから、私とエフノールが目と目をあわせて火花を散らしていると……そこにへカーティが割り込んできた。


「ウールギア姉さん、そこまで交渉しようとせずとも大丈夫です。一介の貴族の暗殺なんて、私にかかれば容易いことなんですから。それで取引が成立するなら、安いものじゃないですか」

「けれど……あなたに人殺しをさせるなんて」


 恐らく、この暗殺に一番適任なのはへカーティだ。

 妖精を貴族の家に忍び込ませ、食事に毒物を仕込ませるだけで全て終わる。

 だが、彼女は私や冒険者のイストスとは違い、荒事に関わったことがない。

 それなのに――


「私の大切なウールギア姉さん、あなたの大切な妹のことを信じてくれませんか。もう、姉さんがなんとかしなくても大丈夫ですから」

「……分かったわ。何かあったら、すぐに相談するのよ」

「理解しています。姉さんと違って、私は報告連絡相談ができますから」


 へカーティにそう返され、私は思わず苦笑いを浮かべる。

 なんだか思ったよりも余裕そうだ。

 

 一連の会話を経て、私は確信する。

 へカーティはこの僅かな期間で、私のためだけに心身ともに強くなった。

 それを愛おしいと思いつつも、私には見合わないと思ってしまうのは、もう生来の性でどうにもならない。

 けれど、その思いを受け入れることはできそうだ。


「こちらの提案を受け入れていただいたと解釈しても?」

「ええ、そうね」

「そうしましたら、取引の細かい条件調整に移りましょう。お互いのためになりますし、僕は王国議会で取引の説明をしなければなりませんから」


 そうして、私たちとエフノールの話し合いは最終段階まで進み、三時間ほど時間をかけて取引の条件調整が無事に終わった。

 これで、へカーティの今日の目的はおおよそ達成されたと言っていいだろう。


 妹たちと平穏に暮らすための戦いが、再び始まろうとしていた。

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