第3話 過去話 後半

 オレは二度と関わらないそう思っていた。そうだったのだが、ある事件がきっかけでオレは少しだけ彼女と仲良くなった。

 オレの通っていた中学にはこの町の中で有名な不良グループがいた。3人だけだが、そのリーダーは自分を番長と呼ばせていた。敵なしといったところで、喧嘩も強く、恐れられていた。

 その番長はどうやら長宗我部に惚れていたようで、そんな彼女がオレといるのが嫌だったようで、しかもオレが彼女を邪険に扱っていることから、逆鱗に触れてしまい、オレは拉致られ、痛めつけられた。

 もう死ぬかもしれない。それくらいやられた。オレがこの時思っていたのはなんで自分がこんな目に? というものだった。ただ勝手に付きまとわれているだけなのに、どうして苦しい目に合わなければならないんだという恨みの念がこもっていた。

 しかしながら、オレを助けてくれたのは長宗我部彼女だった。

 彼女は一人で乗り込んできた。

 彼女は番長に一喝した。まあ要するに弱い者いじめをするやつに誰が好きになるか、ださくてかっこ悪いとかなんとか言って。

 彼女と残されたオレはどうしたらいいのか、わからなかった。

 番長が見えなくなったとき、彼女は「はー」と脱力して、その場に座り込んだ。

 彼女は縮こまってその細身の体を震わせていた。凄く怖かったと。それを必死に隠して立ち向かったのだと。そんな自分がカッコ悪いといっていた。だけど、オレは首を横に振った。

 どうしてそこまでするかと尋ねると彼女はオレと最初に会ったとき、凍てついた目をしていたそうだ。そうして、助けてあげたいと思ったそうだ。トラウマを思い返してしまった罪悪感と、人を助けたいという気持ちでオレに接していたのだと。

 そうしてオレは彼女と遊ぶようになる。

 だけど、彼女は卒業式を迎える前に引っ越してしまう。

 彼女には双子の妹がいた。その妹がなくなってしまったのだ。そして、後を追うように両親が自殺した。

 家族を失った彼女は親せきの家に引っ越した。

 別れの挨拶はなかった。

 もう会わないだろうと思っていたが、彼女が遊びに来たんだ。

 家にいつも通りにいた。そしてチャイムが鳴った。

 誰かと思い玄関を開けるとそこには智香がいた。

「よう」

「な、なんで?」

 少し、雰囲気が変わっていた。しおらしくなったというか、髪を短くし、完全に黒髪にし、新しい制服をきっちりと着ていた。

「しっかり者になってどうしたの?」

「まあ、いくつか話があるけど、ちょっといいかな?」

 そしてオレたちは近場の公園へ向かった。ブランコにお互い腰掛け、何を話すか迷っており、沈黙がしばらく続いた。

 その沈黙を破ったのは彼女のほうだった。

「びっくりした?」

「それは、そうだな。どうしたの? 優等生やってるの?」

「ああ、まあね。向こうでは少しまともに、てね。というか……まあ……理由もね」

「?」

「とりあえず、なんも連絡できなくてごめん。そういう気分じゃなかったんだ。ただ、ちょっと後悔があってさ、こうしてちょっとバイバイっていいたくてさ」

「オレもせめて言いたかったからちょうどよかったよ」

「そっか……」

 お互いの言葉がまた止まった。

「あの……さ……」彼女は深いため息をついた。「勇気って大事だね。あの時の番長に立ち向かった勇気が今も欲しいよ」

「あー。あの時は格好良かったよ」

「ありがと。知っているかもしれないけど、うちっちの家族亡くなったんだ。それで、今は親せきの家に引き取られて、そこそこ以前よりは楽しくやってるよ」

「そうか。それならいいよ」

 お互いにまた沈黙が訪れる。

「今は、どうなの?」

「オレは、何も変わらないよ」

「……そっか」

「でもさ、君のおかげで、少し気が晴れたような気もしたよ。ありがと」

「いいこと言ってくれるね。でも、そうならうれしいよ」

 彼女はそういうと立ち上がった。

「じゃあね。あまりおそくなってもしょんないから。うちっちは帰るということにするよ」

「わかった」

「あのさ、最後にさ、言いたい」

「何が?」

「……」

 彼女はオレの目をまっすぐ見つめた。口を開きかけるが、それをすぐに閉ざす。2,3回繰り返した後首を横に振った。そして自嘲気味に笑った。

「ううん。あのさ……あんたさ、前に親についてさ、色々と言っていたじゃん。見向きもしなって」

「あ、ああ……」

「親にさ愛されても碌なことはないんだよ。そればかり望んでもよくない」

「え、それってどういう……」

「うちっちは、やっぱり……よかったんだと思う。こうしてさ……。あのさ、幸司はさうちっちと出会えてよかった?」

「うん。さっきも言ったけど、よかったと思う」

 彼女は顔を塞ぎ、少し笑った。

「そう。なら、よかった」

 満面の笑みでオレを見た。

「贖罪……かもね」

「なにが?」

「あの、渡したいものがある」

 そう言って封筒に入った手紙を渡された。

「これは?」

「見たくなければ見なくていい。これはうちっち罪。幸司にそんな読ませようとするのもただの自己満足にしか過ぎない。それでも……。とにかく、すぐに燃やして捨ててもいい。読まなくていい。好きにしていいよ。ただ、ここではなく、家に帰ってから」

「えっと……」

 オレは困惑した。

「じゃあ。バイバイ」

 そう言って智香は手を差し出した。

 オレはその手を握れるか躊躇した。

 オレは手を伸ばした。そして、服の上から手首をぎゅっとつかんだ。

「えへへ。成長したね」

 智香は嬉しそうに笑っていた。

「よかったよ。幸司に会えて」

 オレは智香の腕をつかめたその手を眺めていた。

「きっといつかきっと。本当に手を振られれる、握られる大切な人に出会えると思う。うちっちはその一歩を踏み出す勇気を与えることができた。それで、うちっちは……いいよ。じゃあね。幸司。ありがとう」

 智香はそのまま踵を返すと、その場を去っていった。

 そして、それ以降。オレたちは連絡も一切しなかった。それで関係は終わったのだった。

 ただ、残された彼女の手紙。それがオレと智香をつなぐ唯一なものとなった。オレは家に帰って手紙を読んだんだ。


——

 わたしには双子の妹がいた。学校には行っていない。ずっと家にいたんだ。小学校にあがってすぐに家にいて、それから外に出ていない。約8年くらいになるのかな。だからそもそも知らない人のほうが多いんだ。

 そして、誰にも知られずにひっそりと息を引き取ったんだ。その後、両親はわたしを置いて妹の後を追うように自殺した。

 前にわたしは幸司に妹がいたって言った。箱入り娘といったね。

 そうなんだ。妹は小学校にはいってからすぐに家に閉じ込められたんだ。


 親への愛で。


 そもそも妹はわたしと同じ顔をしていた。当然だ。双子なんだから。考えも、好きなものも好きなことも一緒だった。よくおもちゃとか本とかとりあっていた。見分けるのも難しいくらい瓜二つだった。

 だけれども、唯一違ったものがあった。両親への愛だった。両親はわたしではなく妹のほうを溺愛していた。

 同じようなタイミングで生まれ、同じような容姿。でも、両親へのかかわり方だけが違っていた。

 両親はわたしよりも妹を愛していたんだ。

 わたしはそれに嫉妬していた。でも、お姉さんだから我慢しなければならなかった。妹が家の中心にあった。

 わたしはそれがたまらなかった。

 わたしはね、馬鹿みたいかもしれないけど、親への興味を引きたくて、悪くなるようなことをした。でも、意味はなかった。ただただ、自分自身の評価が下がるだけであった。興味をなくしていくだけだった。わたしへの愛情と反比例して妹への愛情が増加していく。


 話がそれたね。

 妹は私よりもかわいくて、だれよりも優しかった。わたしの自慢の妹。だったのだけれど時間がたつにつれて嫉妬に変わっていくのだ。

 それと同じに、両親の愛も傾向していく。


 どうして妹が家に引きこもることになったのか。それが親への愛。

 妹は車にひかれそうになったことがあった。妹が死にそうになったのを想って、両親は外は危険だとして家に閉じ込めたんだ。

 離れをつくった。プレハブ小屋が庭にあった。

 大きさは1畳くらいで、寝てられるだけの大きさしかなかった。高さもなんとか立てる程度しかなかった。

 その中に簡易トイレと大型のペットボトルにつながれた水飲み用のチューブがぶら下がり、センサー式のヒーターがあるくらいだった。食事は1日3回お椀に入ったものを専用口から入れられるくらいだった。

 冬になると毛布を何枚か支給し、それで寒さをしのがせていた。夏は30度近い小屋の中で暑さに耐えていた。

 親はもしもの時の為に監視カメラで常々確認をとっていた。

 お風呂は月に1,2回入らせる程度で、その時だけ、唯一狭い箱のような世界から妹が出られる時間だった。不衛生の状況、体はぶつぶつで、ひどくやせ細っていた。

 遺体が取り出されたときはひどく軽かったそうで、身長が140センチありながらも体重は16キロもなかったそうだ。

 肉は無く、骨と皮だけのまるでミイラのような存在。栄養失調で、無気力で、これが、無間の闇を経験しつづけた者の末路。

 それだけで妹が中でどのような地獄を得ていたのか想像につく。いや、つかない。わからない。わかれない。

 ある時、わたしはそんな妹を憂い、助けようとしたことがあった。救おうとしようとしたことなあった。だけれども、それは失敗に終わった。監視カメラの映像でそれがばれて、わたしは入院送りにされた。そして、それ以降妹は逃れられる術を完全に失った。そして、二度と近づくことを許されなかった。

 わたしは外に漏らせばよかったのだが、言えなかった。言う勇気がなかった。

 もしなにかが起きて、だれかが気づいて、妹を助けてくれれば。と他力本願でずっと願っていた。自分では何もしなかった。しようとしなかった。言い訳して、地獄を味合わせ続けていた。だから、わたしも同罪にしかならない。

 そしていたずらに時間だけが過ぎていった。

 わたしがね、いわゆる不良になったのは、そうすれば、親に構ってもらえるかもしれない、親にこちらを見てくれるかもしれない。そんな甘い考えからなんだ。

 親はよくこういった。妹は喜びを。姉は痛みを親に経験させる。

 なんて。結論のところわたしは痛みだったんだ。

 それでも、わたしはかまわず、甘い考えを行っていた。でも、それっていうのはね楽しいというのがあったからなんだ。

 家の中では味わえない外の自由な空間。大変なこともつらいこともあるが、それだけではない自由という経験が私の何よりの楽しみだった。それは、親からの愛がなかったからこそ得られたものだった。

 一方妹はどうだろうか。親から愛されたがゆえに自由を奪われた。ずっと狭くて暗い箱の中で、なにもできずに、ただただ無の時間を過ごしていくだけ。

 危険はないけれども、そこに自由はないのだ。

 幸司は前に親からの愛に悩みを抱えていた。

 聞きたい。

 親からへの愛はそこまで求めるものかな? 

わたしは親に愛されなかったがゆえに自由に生きられる。妹は親に愛されたがゆえに不自由で死んでしまった。

 親にとっても妹が愛の中の世界だった。遺書が「愛が壊れたので死にます」だった、両親にとってわたしはなにものでもなかったんだ。


 幸司に尋ねたい。

 あなたはどう思った? 

 今あなたは幸せなんだよ。きっと。


 わたしはわからない。でも、後悔という気持ちがずっとある。

 わたしは妹のことが好きだった。どんなにも離れてても私の唯一の妹なんだ。

 だけど、助けなかった。その勇気がなかった。

 結局わたし自身がなにをしても現状は変えられない、と自分に言い訳をしていた。

 これはきっとわたしの罪だ。そして、なにもできなかった死んだ妹に対してずっとひきづっていく。これが罰なんだ。


 わたしはね、きっと人は変えられないものなんだと思っていた。わたしにはそれができないって思っていた。

 でもね、わたしは幸司に会って、あの幸司の言動を見て、助けたいって思ったんだ。

 もしかすると変えることができるのかもしれない、て。妹にできなかったことをわたしはかわりに誰かにやりたかった。その機会だ、て思ったの。

 どうかな? わたしは幸司にとってそれができたのかな?

 わたしは、きっとそうだって信じたい。

 自分勝手だけど、どうかな? 

 答えはいらない。

 聞くのが恐い。

 わたしには勇気がなかった。

 でも、その勇気を少し持つことができたのは幸司のおかげだと思った。


 ありがとう。

 出会えて本当に良かった。


 もう2度と会うことはないけど、幸司といられた少しの時間はわたしにとってすごく貴重で暖かった。


 きっといつかきっと幸司を大切にしてくれる、愛してくれる人が現れるよ。わたしはそのキッカケになればいいかな、て思ってる。

 だから、信じて。いつか、きっと。


 この辺りで終わるね。


 ありがとう。


——

 

  オレは今でもあの手紙を残している。机の中にしまってある。

 あいつの贖罪。捨てることなづできなかった。

 オレはあれから気持ちが軽くなったのかもしれない。

 いや、もう考えるのはやめよう。

 とにかく彼女のおかげでオレは少しだけ救われたような気がした。

 でも、根本的に何かが解決したわけではない。腐った根本は腐ったままだった。

 オレは高校生になり、無難な学生生活を送ろうとしていた。

 相も変わらず女性とは関われない。両親に対する関係も変わらない。

 

 ある日のこと、オレは電車に乗ろうとしていた。

 用事があり電車に乗ろうとしていた。駅のホームで電車を待っていた。もうじき来るといったそんな時、オレはある違和感を覚えていた。

 オレの通う学校の制服を着た女子生徒がいわゆる黄色い線に足をのせていた。近すぎて危ないなと思っていた。

 ほかの待つ人たちに比べて、明らかに電車と触れ合いたいような距離感でたたずんでいた。オレは怪訝な面持ちになり、少し気になって様子を見ていた。

 すると、その女子生徒は電車が来るタイミングで身を投げ出そうとしていたのだ。

 そう、いわゆる飛び込み自殺というものだ。

 オレは考えてなどいなかった。本当に無意識だった。

 手を伸ばした。

 そして、その小さな手に触れた。

 引っ張り、死に向かおうとする女子を生の場に引きずり戻した。

 彼女は驚いていた。

 オレも驚いていた。

 彼女はオレのほうを見た。

 すごく冷酷でうつろな目をしていた。でも、だんだんと憎しみと恨みにその表情が変貌していった。

 彼女はオレの手を払いのけ、その場を去っていった。

 オレはその女子に触れた手をまじまじと眺めていた。

 震えなかった。

 何も拒絶反応が起きない。

 オレはガツンとハンマーで頭を叩かれた気分だった。いや、むしろ電車にひかれるようなほどの強い衝撃だった。

 なぜ?

 オレはきっかけがあるかもしれない。

 そう思いその女子の後を追った。


 オレはその女子の背中を追った。待ってくれと言っても無視された。それでもしつこく声をかけた。

 オレは必死だった。自分のトラウマを克服する手掛かりになるかもしれない女子だったからだ。

 でも、ほかにも気がかりがある。

 彼女は電車に飛び込もうとしていた。つまるところ死のうとしていた。

 いったいなぜだ? 

 彼女にはいったい何があるというのだろうか。

 彼女はようやくオレをみた。そして、「うるさい」と一蹴した。

 オレはひるみそうになったが、ぐっとこらえてしつこくした。

 そういえば、なんだか長宗我部のようだとふと思った。

 女子は路地裏に逃げ込んだ。人気がなくなった。

 そこで足を止めてようやく話しかけてきた。

「何の用ですか?」

 踵を返しオレをねめつけた。その瞳からは冷たさを感じた。オレは思わず目をそらした。

「……」

 オレはどう喋ればいいのかわからず黙ってしまった。

「意味が分からない」

 女子生徒は嘆息した。

「……さっきもしかして飛び込もうとしていたのか?」

 オレはようやく言葉をひねりだした。

「……!」

 彼女は大きく目を見開いて驚いていた。

「余計な事……しないでください」

「なんで? なんで死のうとなんかしたんだ?」

「うるさい!」

 大きく声を張り上げた。

「放っておいてください。本当に、余計な事して……。わたしがどうしようと勝手じゃないですか」

「いや、まあそうだけどさ、死のうとするなんて何かあるんだろう? じゃないとさ、そこまでに至らないと思うんだけど」

「うるさいですねぇ……」

 彼女は嘆息した。

「私は死にたいんです。だから放っておいてください」

 生気が通っていない細々とした声で言った。彼女の表情は悲しみに満ち満ちていた。そして、憎悪と嫌悪、怒りと憎しみが詰まっていた。でも、結局は悲哀に集約されていた。

 彼女は立ち去ろうとした。

 オレはまた思わず手を取ってしまった。

 彼女は離してくださいとその手を払いのけた。

 そして、足早にどこかへ立ち去ってしまった。

 オレはその背中をただただ見つめるだけだった。

 オレは——また。と自分の手を見つめた。

 何故だろうか。

 僅かに震える手を眺めた。

 何故だろうか。

 以前の様な畏怖が薄れていた。

 どうしてか? わからない。でも、何か特別なのだろうか。彼女には、オレの求める何かがあるのか。

 そんな疑問で頭が一杯だった。


 ふと気が付くと足元に学生証があった。

 きっと彼女のものであろう。

 オレはそれを拾い上げる。

「東雲……愛華……か」

 きっと彼女に近づけば……きっとなにかがわかる。

 ひとまず、これを届けるという口実で会ってみよう。

 オレはポケットにそれをしまい、その場を去った。

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