第34話

「錬金術師か」

ザーヒルは杖に頼らず、しっかりと直立して、ガラガラの声で赤いローブの怪しい連中の先頭に立つ男に問いかけた。

「何用だね?君たちはすでに異端の徒とされているはずだが」

「我々はすでに神の石に関する情報を得ているのだ。とぼけるのはやめていただこう」

ザーヒルは声を聴いて、先頭の男をじっと見つめている。男の顔は他の奴らとは違う黒いフードで隠されて見えない。

「そうか、そういうことか」

口の中で小さく呟いて、ザーヒルは一人で納得した。

「なぜ君がそこにいるのか、説明してくれないか」

男は小首を傾げた。

「そんなことを教えて何になると言うのだ。我々は神の石の場所を聞くために来たのだ」

「頑なだな、君も」

なぜかザーヒルは微笑み、その場に座るように勧めた。

「神の石のありかを私に教えてほしいんだろう?私の話を聞いてくれるのなら、君の話も聞かなければ公平じゃないだろう」

目の前の男は一瞬硬直したが、言われたとおりに座った。それを確認してザーヒルも座り、自分の胸ポケットに手を当てた。

「神の石だが、私が持っている。今この胸ポケットに入っている」

背後の赤ローブたちがどよめく。が、奪えそうにないことを察してすぐに声は収まった。後ろで何人かが話し始めている。

「他に何も話したいことはないのかね?」

「そんなものはない」

男はなおも強硬に対話を拒否し、顔をそむけた。

「本当かい?」

ザーヒルはフードの内側を見据えた。その目の奥の光が真っ暗いフードの内側を刺し貫いている。

「打ち明けたいことがあるならば打ち明けなさい」

フードの男は沈黙した。困惑に胸の内を閉ざし、語るべきか迷っている。しかしやがてザーヒルに向けて祈る姿勢をとりながら、顔を近づけた。彼ら以外には彼らの声は聞こえなかったが、シヴァドのポケットの内側にいる俺にははっきり聞こえた。

「例え俺が、神の慈悲を信じていなくとも、俺の話を聞くというのか?」

「もちろんです。私はそうあるべきだと思っていますから」

ひそひそと話していたうちの赤ローブの一人が、痺れを切らしたらしくつかつかと歩み寄り、口を開きかけた男の肩を強く掴む。

「何をのろのろしている?とっとと神の石を寄こすように要求しろ!」

「落ち着いて。いま私は彼と話をしている。君の話はそのあとだ」

ザーヒルの声は穏やかだったが、不思議な鋭さを帯びていた。

「君も、私が君の仲間を傷つける前に話すといい。さあ」

促され、崩れた祈りの姿勢を再びとりなおして、男はザーヒルに顔を近づけた。

「シヴァド、後ろの奴らの様子を見ておけ。俺はザーヒルを見ておく。俺が話を聞き終わるまではこの状態を保つようにしておいてくれ」

俺の言葉に、シヴァドは小さくうなずいた。祈る男が口を開く。

「今この状況に、無関係なことでもいいのか?」

「なんでもいい。君自身のことであれば」

男はようやく決意したらしく、正面を見ずにぽつぽつと語り始めた。

「敵だと思っていたやつらがいた。一度殺し損ねた。その失敗のために、俺は育ての親に罰を与えられた。再び敵だと思っていたやつらと出会った。そいつらの中には、俺と似たような境遇のやつもいた。そいつにとって、失敗は誰かからの罰を伴うようなものではなかったと」

語り口はたどたどしかった。一呼吸おいて、男はザーヒルの顔を見た。口元がわずかに震えているようだった。

「教えてくれ。俺の信じていたことは、本当に正しかったのか?俺は、どうすればよかったんだ?」

今にも頭を抱えそうな男に、ザーヒルは語りかけた。

「私も、神を疑ったことがある。疑念の末、神を信じようと思ったが、何かが、少しでも私のそれまでの人生の何かが違えば、きっと信じていなかっただろう」

男は衝撃に言葉を失っていた。ザーヒルは微笑んだ。

「信じないことも、間違えることも、どちらも君の魂を磨くものだ。失敗を積み重ねてこそ、人間は本物になる。しかし今の君は、失敗を許される状況にない。失敗を受け入れてくれるような誰かを探しなさい。もしかすると君の言う敵こそが、君の過ちを受け入れ、君を本物にするかもしれない」

戸惑いを隠さず、男は頷いてゆっくりと立ち上がった。

「神の石はここにはなかった!」

男は背後の赤ローブにそう叫んだ。ザーヒルはそれを押しとどめようとしたが、すぐに立ち上がるだけの力がなかった。

「従来の計画通り、我々は大聖堂に向かう!」

それを聞いて錬金術師たちは引き潮のように一斉にこちらに背を向けて歩き去っていく。黒フードの男がこちらを一瞥して、一瞬だけ歩みを止めた。

「お前は……」

明らかにシヴァドと目が合っていたが、歩み寄っては来ないまま他の錬金術師たちとともに背後の森に消えていった。

「あいつ、もしかしてカデナじゃないか?」

トオガが呟くと、シヴァドが頷いた。

「先生!」

ザーヒルがその場に崩れ落ち、ルイズが駆け寄る。先ほどまで穏やかにカデナと話していた老人の忍耐の糸が途切れ、顔からは血の気が引いている。ルイズが腕をとって助け起こそうとするが、ザーヒルはそれを押しとどめて胸ポケットをまさぐる。

取り出したのは、神の石だった。

「彼は、カデナは、私が無事でないことを見抜いていた。焦って、錬金術師を遠ざけようとしたのだろう」

神の石をルイズに渡し、しっかりと握らせる。当直の医者を呼んで戻ってきたガイノスも、ザーヒルに歩み寄った。

「彼を説得することの何が作戦だと言うのです?私に任せておくべきでした」

「不健康な老人と若い司祭、錬金術師がどちらに対して警戒すると思うかね?私の大司教という肩書きも、彼らにとってはお飾りに過ぎない。ならば私が前に出て警戒を緩めるべきだ。それに……」

ぐっとガイノスを見た。額からは脂汗が垂れていた。

「もう少しでカデナは、彼にとって重要な一歩を踏み出す。彼もまた、次なる希望の一つなのだ。だが、未来のためには、シヴァド殿たちの力も必要だ」

「貴方がそう仰るならば」

ガイノスはゆっくりと頷いた。納得いかない、という言葉を飲み込んだのが表情からありありと見て取れた。

「ルイズ、そこにいるかね」

「はい、います、いますとも」

どちらの声も震えていた。ルイズはザーヒルを仰向けに横たえ、手を握った。

「教会の統治機構はすでに古く、限界を迎えている。大きく変えるきっかけが必要だ。君がそのきっかけとなりなさい」

「必ず……!」

ザーヒルは安堵して笑った。目尻が濡れていた。

「本当は、君を教会の争いに巻き込みたくなかった。だが、たとえいばらの道でも、進むというなら背中を押そう」

「ありがとう、ございます」

決然とした表情で、ルイズは頷いた。分厚い雲が割れて、隙間から柔らかな陽の光が降り注いできた。

「よく育った。本当に、よく育ってくれた」

そう言って、ザーヒルは目を閉じて気を失った。医者が担架に枯れ枝のようなザーヒルの体を横たえた。

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ペットボトルのキャップ、異世界で神の石と呼ばれる 龍龍龍(ろうたつりゅう) @aHKp

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