1月 七草の節句
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。七草である。睦千は鍋に水を入れ、沸騰するのを待つ。もう一つの鍋には白い米がコトコトと煮えている。睦千はふわ、とあくびをした。こじんまりとしたキッチンはまだ寒く、あくびの次に小さくくしゃみをした。それから脹脛に足を擦り寄せる。厚手のスウェットだが、それでも寒い。暖房が効くまで、しばらくかかりそうだ。睦千は鍋から立つ湯気に手を当てる。じわじわと指先から温められた血が巡りだし、またあくびをした。
今回の年末年始も忙しかった。もう、ずっと走っていたし、報告書を書いていたと思う。大晦日は天加のところで、和彦と青日とで越せたけれども。お寿司とって、ローストビーフと、白川家では定番のおでんと、年越し蕎麦。ゆっくりできたのはそこだけかもしれない。お正月らしいものを食べてない、と睦千は粥を煮る鍋を睨んだ。お餅、雑煮、おせち、あとは蟹とかすき焼きとか、手巻き寿司パーティーとか。お正月太りも、胃の疲れもほとんどないのに、朝から七草粥を作っている。なんで作っているんだか、そう思いながら沸騰してきた鍋に七草を入れてさっと湯掻いた。まあ、これも広義の意味で正月らしさなのかも、と思うことにした。一応、毎年食べてはいるし。作るのは滅多にしないけれども。
まあ、でも疲れたなぁ、と睦千は換気扇を見上げた。駅伝怪に巻き込まれたのが、疲れの原因。まだ身体は怠いし、青日はまだ寝ている。てか、青日食べるかな、食べるか。湯掻いた七草を取り出して、水で冷やして、しゃきしゃきと切る。
粥の鍋をかき混ぜながら、キッチンからリビングの窓を見る。今日は曇り、靄がかかっていて、薄暗い。もしかしたら雪がちらつくかもしれない。でも、もしかしたら晴れるかもしれない、そんな天気だ。今日は出かけなくてもいいかもなぁ、あ、でも買い出しに行かないと。こう、煮立っている鍋を見ると、豚の角煮とか煮たいよなぁと思う。今日はコトコト煮る日にしよ。鍋の様子を見て、冷蔵庫から卵を三つ取り出す。なんか、だし巻き卵食べたくなったのだ。出汁屋の白だしとちょっとの砂糖と一緒に混ぜる。卵焼き用の……名前が分からん、四角いフライパン。そいつを取り出し、油を引く。そして、フライパンを温めながら、また鍋を見て、七草を入れ、塩をパラパラと。温まったフライパンに溶き卵を流し入れる。じゅー、と白と黄色の斑ら、それをくるりと巻く。白川睦千、卵焼きが焼けるタイプの人間だ。卵液をまた流し入れ、巻き、入れて、焼き、と三回ほど、焦げ目がないツヤツヤの黄色い塊。よし、と一人ガッツポーズ。
「綺麗に焼けた?」
いつのまにか起きていた青日が、キッチンへ顔を出す。寝ぼけた顔で、睦千のガッツポーズを真似する。
「……焼けた」
握りしめた拳を下げながら、青日から顔を逸らして答えると、じゃ食べよ、と青日は笑った。
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