第四話:ストリートの王様

 峠、広義の意味でストリートでの正解、それはこの一台だろう。

 ――ランサーエボリューション……。

 恐竜的進化をしてきた三菱の伝説、直列四気筒・2リッター&ターボはライトチューンでも500馬力、本物のチューンを施せば……2000馬力に到達するモンスター……。

 サーキット、ラリー、ストリート、どんな道でも確実に走破する信頼性、自動車という乗り物の世代を引き上げた名機。


 自動車競技に重視される部分、それは幅広い領域――どんな場所でも戦える懐の広さ、そして、信頼性。

 日本という国をサーキットと例えるなら、確実にランサーエボリューションが最優の一台だろう。


 レッドメタリックに輝く三菱の恐竜、その一台が彼のホームコースに鎮座する。

 ――その姿、T-REX……。



「二人ともカローラくんにお熱やねぇ?」

「そりゃそうよ、こっちは公道走れない頃からFF乗りなのよ……戦闘力以前にFF乗りとして負けた気分だわー……」

「コーナーでの切れ味が違いましたからね、タイヤはエコタイヤでしたが……サスペンションは社外製だったような……」

「だめやねぇ……」


 自動車部、三人の華が一般大衆車の王様、カローラに憂いの表情を見せる。戦闘力の塊に乗っている存在とは思えないだろう。

 だからこそ、本物に惹かれてしまう。


「うちが走ったら――勝ってまうからなぁー」

「真弥のランエボなら勝てるでしょうね……でも、圧勝はできないと思うわ」

「そうなん? うちのエボちゃんやったらバックミラーにも映らへんやろ」

「岩崎先輩の言ってることもわかりますが、それでも――わからないがわたしの答えです」


 岩崎真弥、幼少の頃から自動車競技に携わり、そのドラテクは現役高校生を遥かに凌駕する。

 二年前のインターミドルの際は優勝候補に推されていたが、両親の転校によって参戦は叶わず、一年前のインターハイはバーストによってリタイア、運がない。


「真弥? 行くなら行きなさい――五時頃に走ってるから……」

「ええよ、カローラ討伐はうちが一番星やね♪」


 闘争心に火を付ける理由。



「最高だ、最高の状態だ……」


 銀色に渋く輝くフェアレディZ、ボロボロだった車体は完璧に磨かれ空力パーツは実用性重視、カーボンボンネットは妖艶な反射。

 リアに装備されたGTウィングは戦闘機としての完成を予感させる。


「どうですか? エアロ……」

「パーフェクト、見た目はボンネット軽くしただけのライトチューンだが……一番効いてるのはアンダーパネル、これで加速が10%近く上がってやがる。草レースなら無双できるぞ」

「コーナーはどうです? 一応は立ち上がり重視のセッティングですけど、こいつがいぶし銀してるんじゃないです」

「正直、半信半疑だったんだが……シャークアンテナってのもアリだなぁ、立ち上がりからの横ブレが減ってる。ウィングと重量でダウンフォースは十分だと思ってた。間違えだった」


 奏でられるV6サウンドは官能的で、野性的。

 最低限の最大限でボディーが完成し、

 このフェアレディの完成度――100%


【フェアレディZ33-KAWAHARA-CUSTOM】


車体色 :ブレードシルバー

エアロ類:カーボンボンネット・アンダーパネル・GTウィング

車体重量:1510kg

馬力  :333馬力


 この車が乗り手に届くまで……あと……。



 早朝、その銀色のカローラは家業の為にレギュラーガソリンを燃やして走る。

 この峠最速のカローラ、そう呼ばれている。

 ドライバーは十五歳の少年、川原林次郎。

 ――スピードスター、川原龍一郎の弟、自動車競技から逃げられない存在。


「――今日はランエボかよ、カローラに……なッ!?」

「うちは二人と違って――容赦なかよ……」


 バックファイアを見せつけてエゲツナイと表現できる加速で車間を一台、二台、三台と広げていく。

 直感的に理解する。

 ――このランエボ乗りはラリーからドライバー人生をスタートさせている。


「本当に……スポーツカーってのはカッコイイなッ!」


 二速、1.5リッターのエンジンが唸りレッドゾーンギリギリまで回転数、度重なる名車とのバトルによって走り屋の血が沸騰し、そして目が座る。

 ハリボテVS戦闘機、勝敗は見えている。

 ――だからこそ、走り屋のエンジンがオーバーレブする。


「上がって来とるねぇ……よかよか、二人のゆっとる通りの走りをしてもらわんと……困るけんね……!」

「コーナーに向けた姿勢作り、無駄がない、シャープ……ラリーから入った口か……!」


 車間は縮まり二台分、ジリジリと離されて三台分、ホームコース・アドバンテージで戦闘機に喰らいつく。

 叫び声に似た高回転、しなやかに伸びる中回転、

 車の限界を絞り出す走り、車の旨味を絞り出す走り、

 どちらが早いか? ――圧倒的に後者。


「走りに無駄がない……俺の覚えてる限り最短のラインを――遊ぶように超えていく……ッ」

「ヘッドライトだけでわかるわぁ……それが最短のラインなんやね……」

「地の利だけじゃ無理なのか……だが、地の利だけでも……!」

「マシンの限界、それがBRZかNCやったら並ばれとるやろなぁ……惜しかね……」


 最初のコーナー、キツイ左、互いに対向車ガン無視で車体を振り回す。四輪駆動の安定性がピーキーな挙動を消し去り芸術的とも表現できるコーナリング、パーフェクト。

 美しく曲がるランエボに対し、カローラは泥臭くガードレールギリギリをラインにし、若干の揺れを見せながらも確かに抜けていく。これもまたパーフェクトなライン。

 差はまだまだ二台。


「最新のランエボが最優のランエボ、恐竜的進化を続けたエボリューションの現状、最終到達点」

「漫画やアニメの世界やったら戦闘力の無いマシンが強かマシンに勝つやろうけど、現実は違うと……GTの領域に入った、土俵の中に入った車が下剋上ができると――その車は……GTの領域に入れとらん……ッ!」


 二連続ヘアピン、そこで勝負は終わる。

 熟練のコーナリングがトータルバランスに敗れる。

 ――車間、約十台。


「悔しい……悔しいッ! 同じ自動車とは思えない……思えねぇ……」

「……じゃあね、カローラくん」


 ――心が折れる。

 高回転音が消え、ランエボのテールランプが蜃気楼のように……。

 彼は路肩に車を止め、ハンドルを両手で強く握りしめる。

 カローラで十分だと思っていた。

 何年も一緒に走っていた一台がこの場所で最速だと思っていた。

 だが、現実は違う。

 土俵にすら立てていない。

 遅い車を速く走らせることはできる。

 ――それでも、無理は存在している。それが今。


「コーナーで負けた。直線で負けたなら納得できた。車の性能だけじゃない、車の性能を理解し……走らせていた……」


 地の利、ホームコースというアドバンテージ、誰よりも知り尽くし、アスファルトの歪みすら記憶した場所。そこで負ける屈辱。

 ランサーエボリューションとカローラ・アクシオ、この二台は同じ走りをしていた。

 車のポテンシャルを引き出し、ドライバーのテクニックを叩きつけ、最後は魂の部分を曝け出した。

 だからこそ、コーナーでの敗北が鋭利な刃物のように。


「……なんだよ、俺ってさ」


 携帯電話を取り出し、寝ているであろう人に電話かける。

 出ないで欲しいと思いながら、出てほしいという気持ち、正反対の性質の中で心が揺れ、そして、雫が頬を流れる。


『もしもし、リンが電話してくるなんて珍しいな?』

「……兄ちゃん、俺、速く走りたい」

『唐突になんだよ? 俺のMR-Sはやんねーぞ、燃費いいんだアレ』

「兄ちゃんみたいに速く走りたい……」


 ――そうか、その一言ですべてが終わる。



 弟との短い通話を終え、深呼吸を一つ。

 自動車競技から逃げている弟から速く走りたいという言葉、ブラコンのこの男に響かないわけがない。

 携帯電話の電話帳、その中にある【クソ親父】と書かれた番号を押すのは早かった。


『どうした? 事故ったか』

「親父、リンにGRヤリス買ってやってもいいか……ホームで負けた臭い」

『GRヤリス? 下品に速い車じゃねぇか、ナシナシ』

「時代的に四躯がベストだろ? エボ・インプ探すより新車で……ッ」


 携帯電話から響き渡るV6特有の力強い排気音、近くに居る分、弟の変化は親の方がわかっている。

 もう、戦闘力がある車は用意されてあった。


「V6、それも日産系の音……フェアレディかスカイラインクーペ、何馬力出てる?」

『333……確変図柄さ……ッ』

「良い趣味してる。スポンサーに18インチのホイール注文しとくよ」

『飛び切り軽いの頼むぜ、あと2キロは軽量化しときたい』


 通話が終わり、登る太陽を見上げた。

 妙に笑えてくる。

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スピードスター! 珠城高校自動車部 Nシゴロ@誤字脱字の達人 @n456

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