第4話 僕と契約しよう

今日の帰りは足取りが軽かった。


いままであった嫌がらせの類はパッタリと無くなり、それはそれで不思議だとクラスメイトは俺の事を見てくる。


なにかあったんだな、そう思わせる事に成功したみたいだ。これは第一段階。

ここからがビジネスの開始だ。


「よぉ追川」


おかしいな、俺の事を呼ぶ奴なんてこの街にはいないはず。と思いながら振り向くと、先ほど俺が大外刈りを決めてやった別役だった。

おっきい目、サラサラな髪、子供にしてはオシャレな服装。クラスの女の子からの人気を一手に集める少年。


「な、何かな」


ふいに話しかけられたから少したじたじしている。いかんな、こう言う時に堂々と対峙出来るようになるまで、成長が必要だ。


「お前さ、どこの道場いってんの?」


「あー、……いや、別にどこも行ってないよ」


「うっそっ!マジ?」


「うん。練習する相手、いないし」


「うわーマジかよ。すげぇじゃんか」


どういう風の吹き回しだろうか。

別役は俺の事を、褒めている。


「あ、ありがとう。別役くん、それじゃ」


俺はお辞儀をしてそそくさと自分のマンションに入っていこうとした。


「えお前ここのマンションなの?」


「う、うん」


「一緒じゃん」


「そ、そうなんだ」


「そうなんだじゃねぇーよっ。何階?」


別役は俺の肩に手を乗せて話しかけてきた。そのままエレベーターホールまで一緒に向かう。


「ろ、6階」


「あー、じゃあ俺の階より上だ。俺4階」


「そ、そうなんだ」


「そうなんだじゃねぇーよっ。なんか、お前って暗いよなぁ。髪も長げぇし、顔隠してずっと下向いてるし。だからいじめられんじゃね」


おいおい、いじめてた張本人だろがっ!

まぁ、思い出すと、彼はそれほど直接手を加えてくるという印象はない。だからと言って別に許している訳ではないが、高橋とつるんでる以上はその場にいる、そういうタイプの奴だ。


「いじめたい理由は、いじめていい理由にはならないでしょ……」


俺はついつい口走っていた。


「君たちが気に入らないって思うのは勝手だけど、それがいじめていい理由には、ならないと思う……」


思わず言ってしまった。

結構ぶっちゃけた言葉だ。

別役君の顔を見れなかった。今の俺は、まだ怖がってしまっている。だからエレベーターが来るまでの数秒間、無言だった別役が普段より恐ろしいと感じていた。


エレベーターは満を持して目の前に着く。


俺は足を動かせずにいた。


まだ弱い追川少年は、このまま別役と2人でエレベーターに乗れるほど強くはない。


しかし、唐突に沈黙は破かれた。


「ごめん」


別役からだった。


「さっき学校で言えなかったから」


「え、」


「さっきお前が言ったいじめる理由とかそう言うの難しくて分かんなかったんだけど、でも俺らが悪い。ごめん」


「えっと……」


急すぎた。

こう言う時どういう顔すれば良いかわからない。だが、俺は案外すんなりと許す気になれた。


さっき、俺が高橋たちに勝ったら友達になってくれとか言ってたのもそうだけど。


大人の俺が死んで子供の時の自分に戻って、なんだかぬるくなっただけなのかも知らないけど。


とにかく、別役が謝ってくれるのは好都合だった。


「いいよ。その代わり」


「その代わり?」


「色々手伝って欲しいことがあるんだけど」


「あーまぁ俺に出来ることなら?」


「わかった。じゃあまた明日指示する」


「はははっ!指示ってお前、社長かよ」


そうだよ。

俺は前世、日本一の敏腕若社長だったんだ。


数々の新規ビジネスを展開し、そのほとんどで成功し、若くして巨万の富を築いた天才だ。


成功者。人生の勝者。

その言葉を自分の代名詞にすらしてきたんだ。


まぁ、まだ先の話なんだけどね。


***


そして翌日、昨日呼び出された場所。


「将、お前高橋が本当に来ると思ってんの?」


「うん」


「あいつめんどくさいの嫌いだぜ」


俺は別役とその場所にいた。

なぜか次の日になると、朝にインターホンで呼び出されて一緒に登校し、教室でも話しかけて来るし、俺の呼び方が追川から将に変わっている。ちょっと嬉しい。


小学生なんてそんなもんなんだろう。


昨日までそんな仲良くなかったのに、なんならむしろ関係は最悪だった。しかし、同じマンションだとか、そういう共通点で親近感を感じてくれるもんなんだろう。


「高橋君は来るよ。彼にとってもメリットしかないんだからね」


「ふーん」


「噂をすれば」


高橋が来た。

手には昨日渡した書類を持っている。

折れたりしていて、ちゃんと読んでくれたんだろうなと分かる。

高橋は難しそうな顔をしたまま、俺の前で立ち止まる。


「悪いな、よくわかんねぇわ。なんか難しくて。俺はとにかく人集めればいんだろ?」


「そうだね。高橋君はこれから本当のリーダーになるんだ」


「……あっそ。まぁいいや、別にいいぜ、やってやっても」


「感謝するよ、高橋君。契約の握手だ」


俺は内心少しビビりながら手を差し出す。

高橋は少し嫌そうにその手を握ってくれた。


「でもよ、これ親とか先生にバレたらやべぇんじゃねぇの?」


「問題ないよ。誰も喋らないから」


「ふーん。そうか」


「その時はその時で、僕がなんとかする」


俺は真剣な眼差しで応じた。

この計画は信頼関係のもとに成り立つ。


俺の家は貧乏で、結構不自由だ。

買えないものも多いし、そのせいで皆んなから下にみられる。


でも、もし少なからず他の奴らにもあるその不自由を、全員まとめて解消出来るような、そんなシステムがあれば?


相手の需要に対して供給を作る。


リソースを分配するシステム。


子供の王国を作り上げる。


俺の計画は、全員のニーズを満たすシステムの王様に高橋を据え置き、その開発者としての地位を俺が手にする事にある。


「てか、まず難しくて何すればいいか分かんねぇ。直接説明してくれや、俺頭よくねぇんだよ」


高橋は頭をぽりぽり掻きながら言った。

昨日まで下に見ていていじめていた相手に質問をするなんて、プライドの高い高橋からしたら相当勇気がいるのだろうな。


俺はこいつから謝罪は受けてないが、まぁいい。


俺は、高橋拳士たかはしけんしを利用するのだから。


「女子がシール交換しているのは知ってる?」


「あぁ? あー、あれな」


「そう。じゃああのシールにしっかりとレートがあれば……あー。つまり、ちゃんと店で買う時みたいな値段があれば、誰と交換しても平等になるよね」


「まぁな。人によって値段違ったら困るしな」


「そう!そこで僕たちが作るのが、


「「つうか?」」


高橋と別役が口を揃えて言った。


「そう、通貨。つまりお金だよ」


「それになんの意味があるんだよ。偽物のお金を作るだけだろ?」


そう、俺達がやるのは、みんなの所持品にレートをつける事だ。


文房具、お菓子、食べ物、ゲーム機、サッカーボール、おもちゃ、それら全てに、俺達が発行する通貨のレートにちなんだ値段を付ける。


参加者は自分の所持品を売る事で通貨を手にし、それを元にして他の物を手に入れる事が出来るシステム。


「発行は僕たち、つまり僕たちが


「将、どうゆうこと?」


「もちろん発行する僕らには秘密に給料を貰う権利があるね」


「じゃあ、俺達は別に何か売らなくても、つうかがもらえるって訳?」


「そうゆうことだよ別役くん」


「すっげぇなそれ。でも、みんなそんなに参加してくれるかな」


「するさ……そのうちね」


「ふーん。将にはなんか作戦がありそうだね」


「……お前ら、いつのまに仲良くなってんだよ」


高橋が気持ち悪いものでも見るような目で俺も別役を見た。確かに、分かる。昨日までいじめてたもんな、俺の事。


「俺ら同マンなんだよ。な!」


オナマン。すごい言葉。


「うん。そう、偶然ね」


「まぁいいけどよ。とにかく面白そうだし、やってやるけど。……失敗したらどうすんだよ」


「あー、そうだね。……証拠を燃やしてトンズラする」


俺は真剣に言い放った。


「はっはっはっはははは!将は悪い奴だな」


別役は笑った。


こいつは多分、人の事をよく見れるやつなんだろうな。別役にはいつか、追川少年の身体と心を操作している大人の追川将という俺の中身が見透かされそうな気がした。


「おもちゃのお金だし。それに、僕はこの計画が成功すると確信している」


「なんだその自信」


「それはね、高橋君。君の存在だよ」


「は?」


「高橋君は身体が大きくて野球も上手い。男子のリーダー的存在。……高橋君さ、今までの人生で誰かを思い通りに出来なかったことある?」


高橋は少し考えてから、俺を指差した。


「お前ぐらいかな。きもいし」


「ありがとう」


「褒めてねぇし」


「まぁとにかく、クラスの奴全員、高橋君の顔色を疑ってるんだよ。僕に嫌がらせしてる時、なんで誰も僕のこと助けなかったと思う?」


「ぅ……そ、それは」


「あいつらは、僕より高橋君を選んだんだよ。追川みたいな奴を助けるより、高橋君の作る空気に従った方が生きやすい。そう思わせられる力がある。これは努力ではどうにもならない、勝者が持つカリスマ性なんだ」


「カリスマ、性」


「そう。だから高橋君が王様。めんどくさい仕事は全部僕と別役くんがやるから、任せたよ」


高橋はどう反応して良いか分からないと言うような顔をしてから、小さくうんうん頷くと、んじゃとでも言うように手を小さく上げて踵を返した。


成功した。


ここからが問題だな。


あぁは言ったものの、実際にクラスメイトが自分の所持品を売りに出すか。それは本当に高橋にそれをさせるカリスマ性があるか、相手にメリットを感じさせられるか、その問題だけだ。


女子の方は、別役に頼む。


別役はもうこの歳で女の子の扱いに慣れており、彼が言えばちょちょいのちょいだろう。


「まぁ、一狩りいくかぁ」


「頼んだよ別役くん」


「あー、あのさ。別役じゃなくて、あきらにしてくれん?」


「わかったよ輝」


「ふっ。それでいい」


計画の実行は来月から始まる。

あとは営業のみだ。

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Reベンチャー 〜若くして成功した社長の俺が部下だった元社員に恨まれて刺された結果幼少期にタイムスリップしていた〜 織田丸 @minechan

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