第37話 宿泊客から手荷物の確認をするよう頼まれましたか?

 岸本はダイニングに通してくれた。鴨尾と天ノ川は、ソファで岸本と向かいあって座る。


 鴨尾が自己紹介する。


「申し遅れました。私が鴨尾で、こちらが天ノ川です」


 二人してペコリと会釈する。それに応えるように岸本が言った。


「俺ぁ岸本たつろうや。よろしくたのんますわ」


 手を差し出してきた。鴨尾は握手で応えた。いやに強い力だった。


 手を離し、事情聴取を開始することにした。


「早速ですが質問に移りたいと思います。岸本さんは神々島に宿泊客を送ったとのことですが、これは事実ですか?」


「はい」


「誰を乗せましたか?」


「さあ? 名前までは知らん。俺が四人、すながわってのが三人送ったんやがな」


「その四名の顔を覚えていますか?」


「曖昧やなぁそれは。俺のタイプな女の子が二人乗っとったから、そっちは覚えとるが。残りの二人はよう覚えとらん。そいつらは顔を隠し気味やったような気がすんね。興味もなかったしあんま見てねえわ」


 重要な証言だった。鴨尾はなおも尋ねる。


「顔を確認した二人の女性は、この中にいますか?」


 鴨尾は十枚の顔写真を提示した。そのうちの七名は生前の被害者、三名は無関係の人物だ。被害者の写真しか見せなかったら思いこみが入る可能性があるので、無関係の人物を混ぜている。


 すると、岸本は和泉美里と溝野望実の顔写真を手に取った。


「俺が見たんはこの二人やな。かわええやろ。あとの二人は知らんわ」


「ありがとうございます。残りの二人については顔以外についても何もご存じない?」


「やからそうやて。俺の船に乗りこんだのは知っとるが。そういえば、俺にはずっと背を向けていたような感じやったな。相当顔を見られたくなかったんかな」


 怪しすぎる。なんとか情報を引き出したい。


「なんでもいいので何か覚えていませんか。顔を見ていなくても、後ろ姿の印象とかでも構いませんから」


 岸本は、聞き終わる前からすでに首を振っていた。


「すまんけど、俺は船を操縦するだけの役目やし、見よう見よう思っとったわけでもねえから何も覚えてねえ。たとえばあんた、今朝すれ違った通行人の後ろ姿を覚えてっか? 覚えてねえだろ。俺としちゃあ宿泊客なんか通行人と同じぐらいどうでもええんよ」


 鴨尾は呆れかけていた。


「では、船に乗っていたのが四人だというのは確かですか? 慎重にお答えください」


 岸本は困惑したように眉を曲げた。


「それはそうやろ。島に歩いていったのは確実に四人やった。さすがに増えたり減ってたりしたらおかしいと思うわな」


「分かりました。では次に、船で送る際、何か変わったことはありませんでしたか?」


 岸本が思案顔になった。たっぷり一分使ってから答える。


「正直あんまりない。俺はちょっと会話しただけやし。話したんはこっちの女の子やな」


 彼が指差したのは和泉の写真だった。


「島に入るときに暗証番号がいるんやが、それを教えたったんはこの子や。それ以外の事務的な話もこの子とやったわ。変や思たことは特にない」


 和泉が連絡係だったということか。


「宿泊客たちが島に行った目的について、何かご存じですか?」


「いや知らん。俺は送迎を頼まれてただけやし、何も知らんよ」


「分かりました。えーと、それから、今送迎を頼まれていたとおっしゃいましたが、迎えはどうするつもりだったのです?」


「ああ。台風がんのは分かりきっとったから、台風が去ってから迎えに行く手はずになっとる。台風来てる間はさすがに行けんからな。というかその『どうするつもりだった』って言い方、なんか妙やな。もう迎えはいらんのか?」


 鴨尾は少し考えてから、情報を出してやることにした。どうせすぐに分かることだ。


「宿泊者たちが全員殺害されてしまいまして。その殺人事件の捜査をしているのです」


「は?」


 岸本があんぐりと口を開けた。そりゃ誰でもそうなるわな。


「そういうわけで、あなたの証言はとても貴重なんです。次の質問に移りますね。なぜあなたともう一人――砂川さんでしたっけ――とで宿泊客を分けて送ったのですか?」


 岸本は心なしか身構えたように見えた。殺人の捜査と分かったからか。慎重そうに答える。


「深い理由があるわけやあない。単純に船の乗員が五人までやったからや。五人と二人に分けるよりは三人と四人のほうがバランスがよかったんや」


「なるほど」


 鴨尾は頷いた。隣では、天ノ川がメモを取ってくれている。チラと覗いてみると、走り書きなのに見事な達筆だった。


 と、彼女がボールペンを動かす手を止め、岸本のほうに視線を向けた。


「私からもお伺いしたいことが。宿泊客から手荷物の確認をするよう頼まれましたか?」


 岸本が目を見開いた。


「たしかに頼まれたけど、それが何なんや?」


 今度は鴨尾が驚く番だった。岸本はそんなこと一言も言っていなかったが。なぜ分かったんだ?


 今は突っこまず、成り行きに任せる。天ノ川はメモに使っていたペンを岸本のほうに向けた。


「荷物確認をしたのはあなたですか?」


「まあ頼まれたからしぶしぶやったった」


「実際に不審物はなかった?」


「なかった。大荷物とかは結構調べた。徹底的に調べるように宇津保さんに言われてたからしゃーなかった」


 〝宇津保さん〟というのは経営者の宇津保愛吾のことだろう。天ノ川はどんどん切りこむ。


「小さな手荷物については調べましたか?」


「いや、ドッジボールサイズのものが入る荷物以外は調べんでいいわれてた。やから調べてねえ」


「分かりました。私からは以上です」


 鴨尾は天ノ川を見る。


「もういいのか?」


「はい」


 じゃあ、と鴨尾は締めくくる。


「最後に、岸本さんは九月一〇日の九時から一八時の間どこで何をされていましたか?」


 森が割り出した、被害者たちの死亡推定時刻だ。岸本がビクリと肩を震わせた。


「やっぱ俺を疑ってやがんな。どういうつもりや?」


「すみません。関係者全員に確認しております」


 事情聴取は岸本が最初だが、説明がめんどくさい。岸本は口を尖らせた。


「船で帰ってきて、それからはずっとこの家にいた。一人暮らしやから証明はできん」


「そうですか。分かりました」


 鴨尾は立ち上がった。


「本日はありがとうございました。今回のところは以上となります」


 岸本が顔を歪めた。


「今回のところはって……また来やがんのか?」


「分かりません。状況によります」


 適当にごまかす。天ノ川とともに玄関のほうへと向かった。丁寧に謝辞を述べ、二人は岸本の家をあとにした。

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