第12話 通称「ミスターX」
鴨尾は根本的な疑問を持った。
「宇津保和良の建物で人が死ぬのは偶然なのか?」
勝海が大きく頷いた。
「全くの偶然と考えられています。どの事件を比べても、関連性が見いだせないからです」
「そうなのか……」
恐ろしい人間がいたものだ。今回の事件もその呪いによるものなのかもしれない。あるいは呪いのせいにしようと犯人が画策したのか。今更ながら犯人に対する怒りがふつふつと湧きおこってきた。海上保安庁を振り回した挙句、結局皆殺しにしたのだ。
鴨尾たちは、被害者を出すまいと最速のスピードでやってきた。それなのに七人が殺害されているということは、宇津保愛吾への脅迫は初めから守る気がなかったのだろう。脅迫した時点で全員殺した後だったのかもしれない。
ただでさえ台風で忙しいときに、無駄な仕事を増やしやがって。今この瞬間に海で助けを求めている人もいるに違いない。想像するだけで胸が痛んだ。
「――なんとしても犯人を見つけて、吊るし上げてやろう」
苛立ちのままに口にすると、森が「はい!」と敬礼した。
そのとき、背後で突然扉が開く音がした。入ってきたのは芦原だった。額から汗が吹き出ていた。
「今から遺体の検視を行う。細かいことはあとの解剖に任せるが。森、お前は前まで鑑識官だったよな。ちょっと来てくれ」
「分かりました」
森が芦原の方へ歩いていった。鴨尾は刹那の逡巡のあと、手を挙げた。
「俺も同行してよろしいですか」
「三人で航行が回るなら構わん」
芦原は佐山に視線を投げた。佐山は頷いた。
「その点は大丈夫です。気にせず行ってこい」
「ありがとうございます」
鴨尾は、芦原と森とともに操舵室を出た。芦原に導かれるままに部屋に入ると、大沼船長が待っていた。奥には大きな台がある。その上にブルーシートがかぶせられていた。
大沼がおもむろにブルーシートをめくった。七つの生首が、金属の針で貫かれたままの姿で置かれていた。男が四人、女が三人。正常な人間の所業ではない。鴨尾が思わず顔をしかめると、芦原が心配そうにささやいた。
「別に無理して来る必要はなかったんだぞ」
「いえ、大丈夫です。すみません」
ここに来るのは、自分で決めたことだ。芦原に心配させるのは申し訳なかった。
森がマスクとビニール手袋、帽子を身に着け、首を仔細に観察し始めた。鑑識官だったからといって惨殺死体に慣れているとは思えないが、なんとか責務を果たそうとしているのだろう。しばらくして、森がこちらを向いた。
「雨風にさらされていたため、損傷が激しいのですが……」
左端の首を指さした。
「この男性が最後に殺されたと思われます。死亡推定時刻は、今から六~八時間ほど前かと。昨日から今日に日付が変わる頃ですね。島が台風の暴風域にあったときでしょう」
森はその首から離れた。
「他の方々は比較的短い間隔で殺害されています。おそらく全員、今から一五~二四時間前の間でしょう。神々島に台風が差しかかった頃です。絶対とは言い切れませんが、右側の人から順に殺されたのではないかと思います」
「そんなに詳しく分かるのか」
芦原が感心したように言うと、森は胸を張った。
「こう見えて保安学校では首席でしたので。左遷されたのはまた別の理由です」
左遷? 鴨尾は詳しく知りたくなったが、今聞くことではないと思い直した。遺体について知りたいことがある。
「死因は何なんだ?」
「右から三番目の女性、六番目の男性、七番目の男性は失血死かと思われます。刺殺か銃殺か……胴体がないので分かりませんが。残りの四名は絞殺でしょう。索条痕と吉川線が首元にはっきり残っています。索条痕はすべて同一のものです。凶器はロープだと思います。見たところ、偽装――すなわち死後につけられた――ということはないと思います」
スラスラと答える。相当優秀な鑑識官だったに違いない。
「金属の針はどんなものだ?」
「すべて同じもので、断面の直径二ミリ、長さ五〇センチ程度です。本来の用途は分かりません。台風で首が飛んでいかないように使ったのでしょうね。他に質問は?」
鴨尾含め、誰も手を挙げなかった。森が再び口を開く。
「でしたら、僕から質問が。遺体の身元は特定できているのでしょうか?」
「そのことなんだが」
大沼が左端の首を指さした。
「最後に殺害されたという男。顔から判断するに、
「何ですって!」
森は素っ頓狂な声を上げた。鴨尾も驚き、改めて左端の首に目を向けた。言われてみれば見覚えがある気がする。さんざんニュースで報道されていたからだ。有名な強盗の指名手配犯、通称「ミスターⅩ」。
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