第3話 創られた物語

日曜日の午前11時、僕は叶恵ちゃんとお互いの自宅最寄り駅で待ち合わせる約束をしていた。

正直、デートとか言ったけどそんな経験は僕には無いし、素直に彼女と行ったら楽しいと思うだろう場所に行くことにした。つもりだ。

そうは言っても緊張はする。

緊張のあまり、1時間前に駅に着いてしまうくらいには。

あんまり眠れなかったこともある。

宿題を学校に忘れたことに気づいたのが結構な夕暮れだったせいで、遅くに学校と家を再往復したのが主な理由だ。

だが何より、今回の僕の目的は、彼女と僕の過去を紐解くことにある。

なぜ、僕は彼女の生存を知らされなかったのか。

なぜ、彼女は僕に生きていることが伝わっていると思っていたのか。

なぜ、それが今の今まで隠しおおせていたのか。

それを明らかにしない限り、僕は彼女に向き合えない。嘘をついたまま、彼女と向き合うことは、できない。してはいけない。

誰にも理解されないかもしれない、ケジメのようなものだ。

これまでを生きてきた創り物の僕に対する手向けにもなると、思いたい。


そして、11時のちょっと前。

約束の瞬間はやってきた。

「ごめんね、待たせちゃった?」

「いや、全然。ついさっき来たところだよ」

まさか自分がこんな風に掛け合う日が来るなんて。ていうか、平然と嘘ついちゃったな。その瞬間が来るまでは、聞かれたら正直に言おうと思っていたはずなのに。

彼女の姿を目にした時に、彼女にはほんの少しでも引け目を感じて欲しくないと思ってしまった。

待たせてしまった、そう思わせるなんて駄目だ、と。だって、勝手に待ち合わせの時間より早く来たのは僕の方なんだから。

現れた彼女の姿は、学校で見るそれとはかなり違っていた。まず、髪を結んできていること。サイドテール、というのだろうか。その髪型は、僕の記憶にもある、幼い頃の彼女のものと同じものだった。

服装もそう。さすがに、小さい頃と同じな訳はないけど、制服の似合う彼女は、何を着ても似合うようで、思わず見とれてしまう。

正直、いたたまれない気分になってきている自分がいた。だって、こんな、誰がみても不釣り合いの2人だ。それくらい、目の前の彼女は別世界の人間のように見えた。

「行こうか」

そう言って僕は彼女に声をかけた。

明確な行先が決まっているわけじゃなかった。いや、計画はあったはずだ。だけど、彼女を目にした瞬間それは必要のないものなのかもしれない、そんなふうに考える自分が居た。

そんな自分を見抜かれたくなくて、隠したくて。

恥ずかしさもあったのだろう。

意を決して、2人きりの一日をスタートさせるのだった


まず僕が行先として選んだのは、彼女がこの街を離れた後に建設されたショッピングモールだった。わずか一駅だけ隣の駅に近く設置されているため、普段は徒歩で向かっていたが、今日は彼女の意思も確認して電車で向かうことにした。

定期圏内だし、切符を買う必要はないから、電車の方が色々便利なんだけど、歩いていくのも何だかんだ楽しいものなのだ。夏場はさすがにそうでも無いけど。

だけど今日はまだ始まったばかりで、この後も予定がある。いきなり足を使ってバテるのだけは駄目なのだ。

彼女がヒールを履いてくる可能性もあったから、そもそも歩いて向かう選択は無かったんだと、電車に揺られながら思った。

ふと、幼い頃のことを思い出した。

当時の僕らはまだ5歳。落ち合う場所と言えばあの公園で、それ以外はお互いの家しかなかった。少し不思議なことに、僕らは同じ幼稚園という訳でもなく、たまたま同じ公園で、同じタイミングに遊んでいたから出会っただけなのだ。夕方、幼稚園から帰った後に遊び足りなかったからなのか僕は毎日のように公園で遊んでいた。

ブランコに揺られているだけで満足だったし、すべり台を滑るために階段を上ることすら楽しかった。そんな僕が一番楽しんでいたのは砂場で遊ぶことだったんだ。雨の日は翌日晴れるように祈って、泥団子を作るのが本当に好きだった。

彼女と出会ったのは、そんなある日だったと思う。

「…くん。たっくん、どうかした?」

「え。ああ、いや…ちょっと考え事してた。ごめん」

謝らなくていいよ、と笑う叶恵ちゃん。

いつの間にか僕たちは電車を降りていて、改札を通り過ぎたところだった。

ほぼ無意識で定期を改札に通していたのだろう、体に染み付いた動きというやつだ。

いやそんなことより、だ。

せっかく2人で出掛けているというのに、また1人で頭の中に潜ってしまっていたようだった。

「それじゃ行こうか」

「うん!」

今僕が見なきゃならないのは過去の彼女じゃなく、今目の前にいる彼女だ。

そのことを胸に誓って。

すぐ近く、もう目の前に見えているその建物に向かって僕たちは歩き出した。


「あれ、もう着いちゃうんだ」

「本当に近いんだよね。徒歩2分とか」

言葉通り、少し歩いただけで辿り着いた目的の場所。

大型ショッピングモールと銘打たれるだけあって、品揃えは非常に良い。

アミューズメントの類も割と揃っており、服やインテリア等の扱いも勿論ある。

僕個人としてはゲームソフトや漫画など、あらゆる趣味に関する商品が揃っていることもあり、足繁く通っている。

学校帰りなんかは特にだ。…せっかく来たんだから、と逸る気持ちを抑えて。

僕は彼女と一緒に建物の中へ入るのだった。


エントランスを経て、エレベーターの前に辿り着く。運が良かったのか、特に待機することもなくすぐにエレベーターは扉を開けてくれた。

まず最初に行先として選んだのはアパレルショップ。お店がある6Fのボタンを押す。

実は選んだ、というよりは選んでもらった、が正しい。荷物持ちなら全然やるよ、と言うと彼女は少し遠慮しつつも、僕と一緒にお店へ足を運んでいった。

「そういえば気になってたんだけど」

店に入ってちょっとしてから。

僕のそんな言葉に、はてなマークを浮かべる彼女。けれど少しだけ動揺しているような、何とも読み取れない表情でもあった。

いや、唐突でごめんよ。

「ほら、学校でさ。なんで僕があそこで弁当食べてるって分かったのかなって」

「なぁんだ、そんなことか」

胸をなでおろしたかのように、ほっとしているような叶恵ちゃん。

問いの答えには一応、心当たりがある。日常的に色々考えているので。特に昨日は久しぶりに1人で昼食の時間を過ごしたので、たっぷり考えられた。

おおよその推測は出来ていたけど、決めつけるまではいってないってところだ。

「壱村くんにね、教えてもらったんだ。連絡先交換するときに」

「やっぱりそうだったか。あいつめ」

「どうしても、たっくんに会いたかったから」

う、と声を漏らしてしまった。どう見ても動揺してるのがばればれだった

ふふ、と再び笑みを浮かべる彼女。その顔を見たとき、一瞬何もかもがどうでも良くなるような、今までの思考を放棄したくなるような、そんな気持ちが芽生えていく予感があった。

これは、まずい。やばい。

今彼女はこうして生きているのだから良いじゃないか、と過去の謎への探究心が消えていくリアル。

きっとこれは、もとの自分に戻っていく感覚。

設定された主人公に、設定した結末を迎える上で無駄なことを考えないように、思考を放棄させる強制だ。

「本当に、驚いたんだ。あの時さ…」

何とか絞り出した言葉は、果たして僕自身の言葉だっただろうか。

意識が無くなる訳では無い。

自分が自分を操れなくなるのだ。

そして、世界に生かされる。物語の、登場人物として、あるべき結末に向かって。

もしも、僕が消えることがあるなら、それはそういう事なのだと思った。


結局、服屋でのことは少し曖昧になった。

店を出たあと、事実として僕は荷物を抱えていたので服を選んだりしたのだろうけど、肝心のその時のやり取りが曖昧なのだ。

気づくと僕たちはフードコートでランチを注文していた。僕が注文したのはミートソースパスタ。絶品である。

「ここのフードコートでイチオシなんだ、あそこのイタリアンメニュー」

「そうなんだ。じゃあ、私も頼もうかな」

そう言って彼女はペペロンチーノを注文していた。

ここのフードコートは各テーブルに備え付けてある紙エプロンを利用することができる。店員さんに直接欲しい旨を伝えれば、どの店からでも貰える代物だ。

誰だって服は汚したくないだろうし、こういう部分でもこのモールは行き届いてるな、と感じる。

今の世の中じゃない場所を見つける方が難しいのかもしれないけど。

「「いただきます」」

たまたま、注文していたものが届くタイミングが同じだったのでタイムラグなくお互い食べ始めることができた。

ゆっくりと、口に運びながら、漸く自分の心が落ち着いてきたことが確信できた。

服屋の時のような自分ではなく、今の自分に戻ったのだ。

ホッとしたのも束の間。

僕は一気に、頭の中から現実に引き戻される。

「このあとね、ゲームセンターに行ってみたいな」

「う、うん。構わないけど…」

そのやり取りは、思い出の中にあるものとよく似ていた。

前に出て、引っ張っていくタイプの彼女。

そしてそれに、文句なしについて行く僕。

僕らの関係性は、きっとそんなだった。

だから、彼女がわがままを言うと、少し嬉しい気持ちになる。こんなの、わがままでも何でもないんだけどさ。

彼女の願いに応えたいと思う僕の気持ちは、偽りじゃない。

自分自身の心だ。そう信じている。


ゲームセンターはフードコートのある2Fより2階上にある。4Fはアミューズメント施設と、アニメショップやゲームショップなどが揃っていて、僕としては行きつけの階となる。

この建物の中でマップ内容が頭に入ってるのはこの階だけと言ってもいい。体が覚えているまである。

「なんか、足が弾んでるね。たっくん」

「そ、そうかな」

自分じゃ分からなかったけど、通い慣れている分さっきよりも足取りが軽くなっていたようだ。

服屋の階はいつ行ってもわりと緊張するんだよな。店員さんに声掛けられたりするとちょっとビックリするし。

この階じゃそういうことはほとんどない。ないことも無いが、あまり積極的な接客は多くなくて、そういう所が性に合う客も多いのだろう。接客態度が、なんてクチコミとかも見たことないし。

「ゲーセンはあっちの方だよ」

「クレーンゲームしたかったんだぁ、私」

そういう彼女は嬉しそうで。

僕の方も思わず笑みを浮かべていたような気がする。

ニヤニヤしてる、って思われないと良いんだけど。なんて風に不安になった頃にはもう、ゲームセンターに着いていた。

クレーンゲーム、と聞いて思い出した。

小さい頃は、UFOキャッチャーと呼んだそのゲーム。父さんにお菓子やぬいぐるみなどを取ってもらった思い出がある。

いつだったか、その1つ、小さなゆるキャラのストラップを、彼女にプレゼントしたことがあった筈だ。

可愛らしくて男の子だった僕には似合わないから、と。自分で入手したものじゃないくせして、偉そうにかっこつけて渡したんだ。

――――これ、あげる。可愛いから。

昔から倒置法使いな僕に笑ってしまう。けれど、確かそんな言葉だったと思う。

今思うと、まるで叶恵ちゃんが可愛いからって捉えられなくもない。言葉足らずな幼き自分に呆れてしまう。

いや、もしかしてそう捉えたのか。

彼女は本当に、やたら嬉しそうに、

――――ありがとう。一生、大切にするね。

なんて、言っていたような。

それが彼女との、あの約束のきっかけだった気がする。

「叶恵ちゃん、何か欲しいものある?」

いくつか列になって設置されているクレーンゲーム。その一番前の台にたどり着いて僕は言った。

彼女は少し考える素振りを見せたあと、指をさして言った。

「あれがいい、な」

それは、当時とはさすがに違うキャラだったけれど。

同じくらいの大きさの、ストラップがゲットできる台だった。

「…分かった。任せてよ」

コインを入れてから一瞬、叶恵ちゃんもやってみる?と言いかけた口が塞がる。

野暮なことだと思った。

ちゃんとした理由は分からないけど、彼女は僕から貰いたいんだと、その事は何となく理解できたから。

いや、昔のことが思い出せてなかったら、気づかなかったかもしれない。

思い出せてよかった。そう思うのは何回目だろう。なんて考えながら、ガラス越しに標的を見定める。

僕はその台の中で、とびきり彼女に似合いそうな、ゆるっとしたクマがだらけているストラップを目指して、アームを動かした。

うん、位置はすごく良い。いけそうだ。

紐が輪っかを作っている部分に運良くアームが引っかかったため、1回で取る事が出来た。

中々上出来である。

「やったよ、運良くゲットできた」

「すごい。上手なんだね」

ほんとは結構自信なかったのは内緒だ。

言葉通り運が良かった。いつもなら英世が飛ぶくらいは平常運転だし。

「あげるよ。もらってくれる?」

「ありがとう…!一生、大切にするから…」

嬉しそうに、声を震わせながら、宝物を見つけたかのように、彼女は言う。

その言葉は、あの頃と一緒だったはずなのに。

込められた感情が、昔のソレとは全然違う。

色々と空回りする僕だけど、それだけは理解できた。


ゲームセンターの中では、別の台に彼女にも挑戦してもらった。

「前居たところは田舎で、ゲームセンターなんて無かったんだ」

そう語る彼女の言う通り、慣れない手つきでボタンを押す様は、初々しくもあり、見慣れない彼女の姿のように思えた。

やがて、満足した僕たちはショッピングモールの屋上にある展望施設へと足を運んでいた。

割と高層なため、結構街を見下ろせることもあり、僕は何気なく、まだ小さな子供だった頃のことを口にしていた。

「覚えてるかな。ここってさ、僕らが小さい時はまだ工事中だったんだよね」

ふと投げかけた質問。何気なくかけたその質問になにか思うところがあったのか、彼女は少し俯くようにして言った。

「…覚えてる。よく、車の中から見てたから」

声が返ってきてから、自分の過ちに気づいてしまった。

車、という言葉が僕の中で反響する。

彼女は車の中で事故にあったのだ。それを思い起こさせるような質問を、何の気なしにぶつけてしまった。

あまりにも不用意な自分に腹が立つ。何のために色々うだうだ考えているのか。

そんな自分の感情とは裏腹に、言葉が勝手に形成されていく。

踏み抜いたアクセルから、足を浮かすことはなく。

「辛いことを思い出させてごめん。どうしても、気になることがあって」

「それって、どんな?」

これから口にするのは、紛れもない本音。

彼女の傷口に触るようで、踏み出せなかった僕のわがまま。

覚悟を決めろ。

本当に彼女に向き合いたいのなら、僕は事実を知らなければならない。いや、ただ知りたいんだ。そんなエゴを放置したまま、今の僕は生きることを望まない。そう決めたんだから。

「僕は、叶恵ちゃんが生きてるって、知らなかったんだ」

再会した、あの瞬間までは。

意を決して、僕は言った。

彼女は、どう思うだろうか。

酷い人だ、と軽蔑するだろうか。

事実だから否定できないのが苦しいところだけど、僕にはどうしようもなかった。

君の喪失を、忘れ去っていた僕には。

「あの日の後、何日も君が来ない夕方を過ごした。一人で、二度と叶わない時間が来るのを待ってたんだ」

ポロポロと、言葉が出てくる。

当時の僕は、その喪失の意味を知らなかった。

二度と叶わないなんて思ってなかった。

僕の日常はいつも通りで、君が来ないことだけが、周りで起きた変化だったから。

「何日か後、君はもう来ないって、親に知らされた。叶恵ちゃんたちが運ばれた病院にも行ったけど、君とは二度と会えなくなったことをお医者さんからも伝えられただけだった」

それが、何を意味するのかがこの時点で理解出来た訳じゃない。

君のいない日常がくることを認めることが出来た訳でもない。

ただ漠然と、どうすることもできないことだけは子供ながらに思い知ったんだ。

「だから、会えてよかったって本気で思ったんだ、あの時」

僕の言葉はそこで、なりを潜めてしまった。

彼女は驚いた表情をしていたけれど、すぐにその顔を曇らせて言った。

「私ね、ずっと、なんでたっくんと会えないんだろうって思ってた」

「奇跡的、だったみたい。息を吹き返したのは私だけで、パパもママも居なくなっちゃった。退院してすぐに、叔母さん夫婦に引き取られて、田舎だったけど、不自由のない生活を送ってこられた」

「私、ちゃんと生きてきたんだよ?」

涙をこらえているのか、声が震えているのが分かった。

僕は、うん、とそう応えることしか出来なかった。

彼女が死んだと思っていたのは、そう聞かされていたのは僕と家族だけで。

彼女は大切な人を一気に失った悲しみ、悔しさを抱えながら、ここまで生きてきたんだ。

僕はそれを、ただ知らなかった、で済ませたくないと思った。

「事故の時にね、一生大事にするって言った…あ、あのストラップ、無くしちゃったんだ」

そのせいでたっくんと会えなくなったんだ、と彼女はもう涙を隠すことなく、そう語っていた。

泣くように、叫ぶように。

だから、ゲームセンターでのあのセリフ、あの感情だったのか、と今更ながら納得する。

「こんなこと、やっぱり言う資格は無いかもしれないけど。僕も、叶恵ちゃんにずっと会いたかったんだ」

「……死んだと思っていたから?」

い、意地悪だなと少し動揺してしまう。

けど、事実は事実だ。受け入れるしかない。

「その気持ちがなかった、とは言わないよ…でも、また会えたことに本当に感謝してる。僕にとっても、奇跡だったんだ」

びっくりしすぎて今の自分が目覚めたことも含めて。

「正直な所は全然変わってないね、たっくん。……私、実はね、たっくんが天邪鬼学園に居ることなんて知らなかったんだ。あの日、あの教室で、あなたを見た時、びっくりしたけど、一目で分かったよ。たっくんだって」

「名前を聞いた時、僕は信じられなかったよ…生きてるだなんて、本当に知らなかったから」

そっか、と彼女は落ち着いた様子で相槌をうつ。

彼女にとっても、衝撃的な瞬間だった。

その事実は、お互いのすれ違いを意味している。

これを運命の気まぐれと呼ばずして何と呼ぼうか。

「ストラップならさ、一応さっきのやつも、あの頃と同じ気持ちであげたつもりなんだけど」

別に形見にして欲しい、だなんて思いはしない。それでも、それで彼女が安心できるのなら、それを否定する気もサラサラない。

「ちょっとだけ、驚いてるんだ。私と同じ風に、たっくんも覚えてるんだって」

「…大切な、思い出だから」

「入院してた時とか、なんでお見舞いに来ないんだろって不安になったりしたんだよ?」

大切なら来るよね、と言いたげな顔の彼女に苦笑してしまった。

彼女の視点なら、そりゃそうだよな。

仮に友達以上に大切だと思っていたとしても、お見舞いにすら来ないその人へ、それ以降も変わらず同じように想いを向けられるだろうか。

「なんて、ね。たっくんは知らなかったんだもんね。すごいスッキリした気分だよ、私。ずっと分からなかった謎が解けたんだから」

「謎、か…」

「お医者さん、なんで本当のことを伝えてくれなかったんだろうね」

その問の答えを解くために、出来ることはあるのだろうか。

「あそこの病院さ、院長先生が亡くなったとかで無くなっちゃったんだ」

僕は言いながら、不思議に思っていた。

その事実は、もう何年か前に起きたこと。この時の僕はその事にさして思うことは無かったんだと思う。つくづく、創られた自分に嫌気がさす。今こうして思い返したから、繋がりが理解出来た。

明らかに都合がいいような、気がする。

院長先生は間違いなく、僕ら家族へ叶恵ちゃんの死という嘘を伝えた張本人だ。

やっぱり、この世界はどこか雁字搦めだ。

知ろうとすることは余計で。

知りたいと思う頃にはその鍵がない。

僕と叶恵ちゃんの過去を紐解く上で、最後に残された伝達の謎。

何かメリットがあるとは到底思えない。

だからこそ、この謎が僕と彼女のすれ違いの原因となってしまったのだ。

それは、紛れもなく明らかだっ

これは、もしもの話。

すれ違いを起こすことそれ自体が、目的だったとしたら。

そんな、嘘だろとしか思えない疑念が1つ、浮かんだけれど。

やっぱりどうしても、冗談にしか思えないそのもしもを、バカ真面目に信じてみることはまだ、できそうになかった。

もちろん、彼女に話すことも。


展望施設でお互いのすれ違いについて話した後、とても気分が晴れていたように思う。

それは、彼女の方もきっと同じことで。

手すりに両手を置いて、どことなくリラックスしながら。

どこがぎこちなかった僕らは、もとの形に戻ることが出来たのだと、そう思った。

「ぎこちなかったのは僕だけだな」

思い返してみれば、彼女は僕の前では昔のままだった。

良い機会だと思ったので、気になっていたことを聞いてみた。

「叶恵ちゃん、その、ちょっと気になったんだけど」

「うん?どうしたの?」

「そのキャラ、疲れない?」

言いながら、めっちゃデリカシーないこと言ってないか、と焦ってしまっていた。

僕の前では昔の彼女のような口調だけど、他のクラスメイトの前などでは敬語口調な彼女。

そのことが、気になっていたのだ。

てっきり、僕は彼女が過去の姿に合わせてくれていたと思っちゃってたんだけど。

よくよく考えれば、なかなか自惚れてるなと我ながら思った。

それ、逆なのかもしれないのに。

「ぜーんぜん。ずっと素で居られたら、って思うくらい」

ということは、今の彼女が素なのであろう。

そのことに、嬉しいような、身に余るような、複雑な気持ちになる。

「学校での私も、私なんだけどね。事故にあってからは、どの人とも同じ距離感で接するようにしてきたから。…それが楽だったし、そのために使う敬語は全く苦じゃなかったもの」

特別仲のいい人はできなかったけどね、と付け加える彼女。

誰もがみんな、他人を望む訳じゃない。

程よい距離感、程よい関係、それはきっと心地が良いものだ。

ましてや彼女は、深い傷痕を持っている。

それをひけらかすようなまでの仲になりたいと思える人は、居なかった。そういう事なのだと思う。

ちょっと極端な考え方かもしれないけど。

彼女はもう、傷を傷だと思わせない。それだけの人間に成長しているのだから。

傷は消えない、癒えない、そんな風に当事者でもない僕が思うのはきっと失礼で、とんでもなく侮辱的に思えた。

ああ、きっと。

彼女のそういう強さに、僕は惚れ直したんだ。

「ごめん。失礼なことを言っちゃった」

「…うん、許す」

「一つだけ。みんなの前でも、僕のことは気にしないで接してもらって大丈夫だから、ね」

なんて、自惚れてるかな。今日何回目かの、そんな恥ずかしさ。

彼女がやりたいように接してくれればいい。

自分のことなんて気にしないでいい、と。

彼女にそう伝えたくて言った言葉だったけれど。

「…分かった。なんてね。最初からそのつもりだったけど!」

「そ、そうだったんだ」

「体育館でも、そうだったでしょ?」

そういえば、宙川さんの前でも彼女はこの感じだった。

なんだ、気にしてたのは僕だけか。

やっぱりまだまだだなと、自省する。

人は、人が思っている以上に周りを見ているようで。

人は、人が思っている以上に周りを気にしていない。

自意識過剰もほどほどにしないとな、と思いつつ、僕は彼女に伝えた。

「……変な学校だけどさ、これからもよろしくね、叶恵ちゃん」

言葉はいらなかった。

返事などなくても、彼女の笑顔が意味を物語っていたから。

頷いてくれただけでも、充分だった。


こうして、僕と幼なじみは本当の意味で再会を果たした。

それが、世界の用意した物語のイベントかどうかなんて、気にするまでもない。

誰がなんと言おうと、僕は自分の意思で、彼女に真実伝えることができた。

今の僕は、この世界の主人公じゃない。

だから僕は、この物語の主人公でもない。

そんな、大それた役割はいらない。

僕は、この世界に生きる、ただ一人の、他と変わらない人間なんだ。

だから、謎はちゃんと明らかにするよ。

僕が主人公だからじゃない。

僕が逢沢拓人で、月城叶恵の幼なじみだから。

この世界に生きる人間として、その不自然なすれ違いの謎を解く権利があるはずだ。

屁理屈だと笑ってくれて構わない。

結局動かされてるだけじゃないか、そうやって、いくらでも自問しよう。

それでも、僕がこの世界に根付いた人間の1人だという事実は変えようがない。

後から生まれ出てた意識が、他の人と違うだけ。

ならば、この世界ストーリーで僕が成すのはきっと。

僕にとっては 幻想ファンタジー

それでいい。


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