第2話 魔法の使い道

 お腹が空く。体力を回復する。それじゃ味気ない。そんな気がして洞窟を出て、歩いて歩いて川に来た日。


 この川にきっと魚がいる。でも釣竿はない。魔法もどう使えばいいかわからない。腕を組んで悩んでいたとき。


 背後から何か気配がして、河原に影が映る。振り向くと、両手を前に出し、表情から感情を読み取れない人間が、わたしのすぐ近くまで来ていた。


 驚いて飛び退き、とっさに炎を放つ。何度か放つ。そしたら熱そうに動き回り始めたのが何か申し訳なく。氷を放つと、その人間はゆっくりと膝を地面に突き、前に手をついてうつ伏せで倒れた。


 恐る恐る近づき、手で背中を揺さぶると「うーん」と声を出し、わたしはまた離れた。


 その人はゆっくりと自力で起き上がると、さっきまでとは違う雰囲気に見えた。


 確かに生きている。さっきまでは、動いていたけど死んでいるみたいだった。


「えっと、ここはどこ」


 話し始めたその人は今、普通の人に見える。


「ここは、えと、川です。それより、さっきまで様子がおかしく見えたんですが、大丈夫ですか」


 わたしが尋ねるとその人は首を傾げながら、自身に起きた異変について語り始めた。


「ここまで来た記憶がないんだが、こうなる前の記憶はある。そうそう、僕は旅が好きで。なのにここまで自分の意思で来た覚えがない」


「それは不思議ですね」


「一生旅して暮らしたいと思っていたくらい……そうだ、それであの薬を飲んだんだ」


「くすり?」


「不老不死になれるという。別に信じちゃいなかったが、ここんところ流行病でろくに出かけられない状況で。年寄りが年寄りになりきれず亡くなることも増えて」


「はぁ」


「こんなんだったら、この薬飲んでみてもいいかってね。そしたら意識もなく旅に出るとは思わなかったねぇ」


「なんかそれ、大丈夫ですか。怖いんですけど」


「あれ、君は飲まなかったの?」


「え?」


「だって町の人みんな飲んでると思ってた。時間合わせて」


「いや、わたしはちょっと色々あって。そんな薬のことも知りません。病気の流行については何となく」


「そうなのか」


「でも、町の人みんな飲んでるとしたら、今頃変なことになってるんじゃ」


「あ。意識ないまま、うろついているってこと?」


「かも」


「そうかぁ。でもそれってどういう状況なんだろな」


「どういう?」


「そのままがいいって人もいるとか」


「そんなことは。ただ……」


 急に洞窟で孤独になって、寒さに震えていたときを思い出す。あの苦しみや寂しさに襲われていたとき。お母さんの看病で辛い気持ちを隠せないでいたとき。


 それだけを振り返れば生きることは厳しかった。


 どういうわけか、たまたま魔法を使えるようになったから、生き延びられたような気がする。


「ただ、なんだい?」


「いえ。やっぱり、そういう人もいるかもしれませんね」


「じゃあ、確かめに行く?」


「え?」


「君は僕のことを治してくれたろう。あまり覚えてないけど。町まで案内するよ」


 そう言われて、わたしの心は少し迷った。


 洞窟に来て、外の世界を見てからも、わたしはただちに町や親元へ帰ろうと動かなかった。あまり意味のない暮らしを続けていた。


 孤独に思いながらも、自由を感じていたのか。それとも、動くのが怖かっただけか。


 この川に来ただけでも、冒険だった。


「困っている人もいるかもよ」


 その言い方は少しズルく感じた。魔法でぶっ飛ばそうかと思った。


 でも、この魔法の力にわたしを生かす以外、使い道があるとしたら。その町に行くことかもしれない。


「わかりました。みんな、ぶっ飛ばします」

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