④-2
目線も顔も、声のするほう向けることができない。
寒気が足の底から耳の裏まで伝わってきて、頬の力が抜けて下瞼が目が乾くほど下がり、眉間の皺が寄る。
「お前は、どう足掻いても、苦しむだけや。」
左に咄嗟に顔を向けたが、"人"しかいない。
当たり前だ。ここは電車で人を運ぶ車両にそれ以外の生物が乗っているとしたら、誰かのペットとか、犬と猫、迷い込んだハトぐらいだ。
息が荒れるのを抑えながら右に目線をずらす。
疲れたサラリーマンが朝からうたた寝をして何人も席に座っている。
「お前はなぁ、、、。」
ひやっと、冷たい感覚が首筋に走る。
誰かの指でなぞられている。振り払いたくてもあまりもの恐怖に力が入らない。
「俺が取り憑いてるんやから、苦しんで死ぬんやで?」
左耳裏の下、骨のところに誰かに噛まれているような圧力がかかり、悲鳴を上げる。
車内がざわつき、のどかの周りの人たちが瞬時に少し距離をとった。誰も助けようとはしないその状況で、1人、膝から崩れ落ちかけた彼女の腕を持ち上げて抱き寄せる。
「大丈夫、大丈夫。あ、すんません、こいつ、発作待ちなんですわ。」
周りを宥めた人物の顔を見上げると、顎しか見えない。声質は男性のもので、さっきまで耳鳴りのように聞こえていたものとは違った。
「今日も頑張って、生きようとするなよぉ。さっさと逝こうなぁ。」
"日本橋、日本橋"
到着のアナウンスとともに、車両に詰め込まれた人たちがどばっと扉が開く前に外に出て行く。
それとともに、洪水のような水が流れて女の身体を痛みや恐怖から回復させた。一瞬で車内は誰もいなくなり、対面しているのは黒いコートを羽織り、顔が見えないほどの長い前髪から紅の瞳を覗かせ、獲物を捕獲したかのような笑みを浮かべる男。
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