第五章 天《あま》を翔ける 5

 夏の終わり、第一個師団霞暁隊将軍ヌスパド・センシィオスは戦場にいた。季節はずれとはいえシェファンダ本隊との戦い、気は抜けなかった。霞暁隊は一か月近く戦闘を続けていたが、間もなく戦勝と共に戦いを終わらせるという時、豪快とうたわれた将軍はおかしなものを見た。それは少年兵だった。ただの少年兵というのなら珍しいことはないが、彼は銀装甲した馬に乗り、自らも銀の道化の仮面を被っていた。おかしな槍を振り回し、そのたびに味方の兵士たちが倒れていく。その槍は通常のものよりもずっと長くて、金むくなのだろうか、きらきらと光を放って金銀の細工もここからではよく見ることが出来る。 仮面が滑稽な表情をしているだけに、その殺戮のありさまは鳥肌がたつようだった。おまけに彼の使っている槍は、伸縮自在なのか、時々彼がス! とそれを鞭のように振り降ろすと、たちまち槍の真ん中あたりから槍本体が伸びて、味方の兵士たちを血祭りに上げていくのだ。

「---------」

 ヌスパドはその恐ろしくも美しい、舞のような優雅でなめらかで静かな戦いぶりにしばし絶句した。少年はしばらくするとこちらを凝視する長身のヌスパドに気付いたのか、馬首を向けて走り寄ってきた。

「む……」

 彼も身構えて警戒した。あの槍の動きはまだ見切ることができないでいる。

「閣下……!」

 側にいた大将のゼバ・ティエトも全身に殺気を漲らせている。

「ヌスパド将軍?」

 少年は近くまで来ると意外にも槍を後ろに控えて仮面の向こうから尋ねる。銀の装甲を纏った馬が荒い息を吐き、仮面の向こうからも激しい息遣いがきこえる。

「いかにも」

 ヌスパドは低くこたえた。少年が仮面の向こうでふふと微笑する声が聞こえた。

「戦いの日は近い。その日を楽しみにして、また会いましょう」

 言うや少年は名乗りもしないで馬を向こうに向け、あっという間に戦場の彼方へ走り去ってしまった。

「閣下……」

「……」

 ヌスパドは今なにが起こったのかがよくわからず、厳しい顔で少年の去った方を凝視していたが、やがて、

「ゼバ」

「はっ」

「残ったシェファンダ軍を一掃しろ。終わりしだい帰還する」

「はっ!」

 勝ちはしたものの、なにか後味の悪い思いをして、ヌスパドは帰還を果たした。

「銀の仮面の少年兵……」

 アナスタシアも話を聞いて訝しげだ。

「そのような者の話は聞いたこともありません」

「おまけに私を攻撃しなかった。また会う日を楽しみにと……」

「訳がわかりませんね」

 アナスタシアも不思議がる。頃はもう秋、軍はいつでも出陣の支度をして出撃に備えているが、霞暁隊は帰還したてで休暇中なのでここだけ穏やかだ。側に座るアナスタシアですら、鎧を纏っている。

 間もなく氷竜隊に出陣の命が下った。アナスタシアは霞暁隊の司令室を辞して出陣の支度をした。秋は時々ではあるがこうして戦が多いことがある。が、それも一時期で、すぐに終わってしまうものばかり、それが終わると、いよいよ季節は冬、将軍が冬籠もりする時期がやってくる。それを考えると、先に滅亡したルクリーエが戦を仕掛けてきたのは冬も冬、真冬だったから、それを考えてもかの国の愚かさを推して知るべきだろう。

 今回の戦は氷竜隊、玉紗隊、そして金鷲隊の三部隊が出陣する大きなもので、他にはないのでこの時点で他隊は冬休暇に入る。アナスタシアは現地でカイルザートと合流し、さらに大移動の末金鷲隊と皇帝と合流した。

「目標はここだ」

 軍議で皇帝は地図をトン、とたたいて示した。今回の目的はティエンティア王国。

 一般に「湖の国」と呼ばれる王国で、ここを訪ねる者は必ず大橋を渡らなくては向こう岸の王国へたどりつくことができない。岸の向こうは魔術師を筆頭に大勢の兵隊が待ち構えている。それをかいくぐって王国に辿りついても、王国本隊の兵士たちがぞくぞくとこちらを迎え討つはず。ティエンティアは度重なる帝国の勧告にも耳を貸さず、属国にはならないとの返事をするにしても、丁重に断りをいれる他の王国とは違って、何の音沙汰もない無礼ぶりで、それが皇帝ヴィルヘルムの機嫌を損ねたといってもよかった。国王はとても誇り高い性格で、きっと帝国の傘下に入るなどと、冗談ごとではないとでも思ったに相違ない。

「でももうティエンティアは、自力では国力を維持できるほど経済的にも余裕がないはず」

 アナスタシアは皇帝のテントを辞してカイルザートに言った。

「あまり誇りが高すぎるというのも考えものですな」

 カイルザートもため息まじりだ。普段あまり仲の良くない二人だが、こういう時には私情をまじえない。仲が良くないといっても悪いわけではないし、単に相性がよくないだけなのだ。

 アナスタシアはなぜ皇帝が自分たち二人を連れてきたのかがわかった気がした。

 アナスタシアはアルヴェンゼ帝国の上級貴族でも最も古い五杖家の一・ファライエ公爵家の生まれだ。帝国の上級貴族といったら他国の上級貴族よりも二、三千年の差がある。 それにカイルザートは侯爵家の次男、その知識量の凄まじさは世界の学者の間でも轟かんばかり。なぜ軍人をやっているのかと泣きつかれたこともしばしば。これだけの能力と家柄を持つ人間が国を攻め、傘下に置いたというのなら、国民も納得して素直に従うだろうというのが皇帝の作戦に違いない。人間というものは、自分よりはるかに優れて及びもつかないような人間に征されると、意外と簡単に従順になるものなのだ。無論他の十人の将軍でも同じことが言えるがこの場合は、なるべく睨みのきく人間がよいのは言うまでもない。

「ま、とにかく頑張りましょう。これが終わったら春まで戦はないはずですから」

 カイルザートの言葉を聞くと、今回の作戦を任せられたアナスタシアは、うなづいて別れた。

 次の朝両軍は湖をはさんで睨み合った。

「魔導部隊の数、集計終わりました」

「うむ」

 アナスタシアは腕を組み向こう岸を見ながらこたえた。

「七百と少し。火炎、氷槍、雷撃、風裂、どれもバランスよく配置されているようです」「兵士の数は」

「騎馬隊五千、歩兵七千。騎馬隊のうち四千が装甲、歩兵のうち五千は重装兵です」

「……」

 アナスタシアは爪を噛んだ。側にいる部下たちは固唾を飲んで見守っている。彼女がこういうとき、その頭のなかは考えもしないような策があれこれとめぐっているのだ。

「……よし」

 しばらくしてアナスタシアは呟くように言った。司令を待つかのように五人の大佐が微かに身じろぎした。

「ファシェを呼べ」

 アナスタシアは言った。しばらくすると呼ばれた通り、氷竜隊雷撃魔導師筆頭のファシェ・トーラがやってきた。耳を貸せといわれて、何か聞きながらいちいちうなづいていたが、やがて驚いたのかアナスタシアを凝視した。氷姫もにやりと笑い返して、

「いいから命令通り動け。期待してるぞ」

 とだけ言った。ファシェを含む五人の雷撃魔導師は護衛の人間と共に橋へと向かったようだった。途中ファシェから報告が来て、それを読んだアナスタシアはしばらく考えていたが、やがてカイルザートのところへ使いを出して、手持ちの雷撃魔導師をすべて貸してくれるよう頼んだ。玉紗隊は象徴色を黄色としているだけあって、雷撃魔導師を六人も持っているのだ。

 しばらくして両軍が睨み合っている、その目の前で、突然迸った雷に、唯一の交通手段であるはずの橋が、ものの見事に破壊された。橋は鉄造りなので、雷の攻撃は数度にわたった。そのたびに橋は原型より程遠い形となって、最後には崩壊した。

 ざわ・・!

 これにはティエンティアはおろか、帝国軍の兵士たちも驚いた。アナスタシア将軍はなにを考えていらっしゃるのだ、あれでは向こう岸に行けないではないか、などという声が方々から聞こえてきた。橋は粉々になって軽装兵一人が這いつくばっても渡れないような有様だった。しばらくしてファシェが帰ってきた。

「閣下、あれでよろしかったので?」

「上等だ。よくやった」

「いやあ、骨の折れる仕事でしたよ。鉄でできているものですから」

 アナスタシアは機嫌がかなり良いのか、口元に濃い笑みを浮かべてうなづいた。

 その夜さすがにカイルザートも驚いたのか、軍議でアナスタシアをひどく責めた。

「アナスタシア殿どういうことですかな!? あれではあちら側に渡れないではありませんか!」

 アナスタシアはこたえず、意味ありげに笑ってみせただけだった。

「閣下」

 イヴァンがまずそうに囁きかけても応じない。

「アナスタシアどういうことだ。説明しろ」

 さすがに皇帝も納得いかないらしい。アナスタシアはそこで初めてうなづいて、身を乗り出して説明しだした。

「こちらをご覧ください」

 アナスタシアは地図をさして何事かを説明した。一同の顔に微かな驚き、また意外そうな表情が浮かぶ。

「次に……」


 夜が更けていこうとしている。

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