第三章 将軍の涙 5
翌朝目覚めたアナスタシアは、起き上がっていつものように食事をとり、薬湯を飲んだりしていたが、昼も近くなろうという時、考えがやっとまとまったのか、窓を不自由ながらも開け、
「ファーエ。ちょっと来い」
「え……? なあに?」
「いいから」
外で遊ぶファーエを呼び出した。無論ゼファも一緒だった。
「どうしたのお姉ちゃん」
「ゼファ。お前は今の食料がどれくらいか知っているか」
「ああ。村人五十人近くの食料は来月で精一杯だそうだ」
「武器といっていたが、それも必要なのか」
「そうだ」
「……」
アナスタシアは爪を噛んだ。
「ねえお姉ちゃんどうしたの……?」
アナスタシアは顔を上げた。
「二人とももっと近くへ」
そしてアナスタシアは起き上がったまま耳に手をやると何か外し、ファーエの手に握らせた。手を開くと、一対のピアスがあった。小粒のルビーだったが、表の雪の光を受けて時々輝くところを見ると、かなりのものであるらしい。
「安全な買物場所はあるのだろうな」
「ああ。反乱軍相手を中心に開いている市場がある。近隣の村人がほとんどだがな」
「ではそこへ行ってふた冬分の食料と武器を仕入れてこい」
「仕入れてこいってあんた……」
「そのルビーで充分足りるはずだ。早く行ってこい日が暮れる」
「しかし……」
「二人で足らぬのなら仲間を連れていけ。さあ早く」
「いいの? くれるの?」
ファーエはこんな宝石を見たこともないらしく、目を輝かせてアナスタシアを見た。
「ああ。それで好きなものを買っておいで。さあお行き」
アナスタシアばゼファを見た。彼はわかったと言いたげにうなづき、ファーエをうながして、
「行こう」
と言って出ていった。しばらくしてファーエが外で誰かを呼ぶ声がアナスタシアにも聞こえてきたが、それもすぐに消えてしまった。
夕方までアナスタシアは眠っていた。なにしろ他にすることがないし、なにをやってもすぐに疲れてしまう。しかし今までとは違って、ふっと目が覚めたのではなく、なにかがやがやという外の物音で目が覚めた。案の定窓から見てみると、数えきれない程の荷台の上に食料やら武器やらがのぞいていて、どうやら買い出しは成功したようだ。
アナスタシアは薄い微笑を浮かべてそれを見ていた。役には立ったようだ。その夜アルがリィナと一緒にやってきて、
「みんな聞いた。おかげで助かったよ。礼を言う」
「なに当然のことだ」
にやりと笑ってアナスタシアはリィナを見た。
「とにかく助かった。これで一安心だ」
「それはなにより。あのルビーは役に立ったようだな」
「ああそのことなんだが……」
アルがちょっと言葉を濁したのでアナスタシアはどうした、と聞いた。
「実は二つとも売ってしまったんだ。でも、かなりの値段だったらしいから、あれだけ買い込んでも金貨が余裕で手元に残ったらしい」
「そんなことか。あれはお前たちにやったんだ。釣りがいくら残ろうと私の知るところではない。自由に使え」
「本当にいいのか」
アナスタシアは肩をすくめた。
「好きにしろ」
「アナスタシア……」
リィナも口を開く。
「ありがとう。みんなとても感謝しているわ」
「礼には及ばない。命を助けてもらった恩に報いただけ」
アルとリィナは顔を見合わせて笑顔になった。
次の日ファーエは一日中側にいた。大好きなお菓子をたくさん買えてご機嫌のようだ。 今までと変わったことといえば村人が窓をたたいて、
「これを使って」
だとか、
「おすそわけ」
だとか言っていろいろと秋の果物や生活に必要なものをくれたりしたことだ。また通りかかってアナスタシアが起き上がっているのを見ると、大声で礼を言ったりもしていた。 村の秋が深まろうとしている。
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