第六話
夕方。
まだ宴は始まったばかりだが、広間は既に客人たちが集い、賑やかである。
皇后ティアーナが自ら指示をして飾り付けた広間は、黄金の国の職人たちの技巧の粋を集めた、息をのむほど壮麗な空間となっていた。
色鮮やかなステンドグラスからは夕焼けの光が降り注ぎ、床の大理石を染め上げている。
重厚感のある深紅のカーテンが空間を彩り、壁面には繊細な彫刻が施され、黄金の装飾は、ランプの光を反射して輝いていた。
十二人もの楽隊の演奏は、豊かな大河を思わせるような、ゆったりとした壮大な調べを奏でている。都でも評判の舞姫が、それに合わせて美しいダンスを踊っていた。
壁際のテーブルには、美食でも知られる黄金の国の料理がずらりと並べられていて、辺りにはオリーブオイルと香草の豊かな香りが漂っていた。新鮮な魚介や野菜がふんだんに使われた料理は、その盛り付けも美しい。客人たちの目と舌を楽しませている。
各国の王族や高官たちは、それぞれの国の伝統を反映した美しい民族衣装を身に纏い、広間に華やぎを添えていた。
流麗な刺繍が施された東方の絹、鮮やかな色彩の砂漠の民の装束、そして重厚な装飾が施された北方の民族衣装など、その多様性はまさに壮観である。
庶民から見れば、それは天国のような光景。
しかし、アダンは美味しい料理や美しい装飾には目もくれず、次から次へと声をかけてくる見目麗しい女性たちの相手をするのに疲れ果てていた。
「アダン殿下、今宵の月はさぞかし美しいでしょう」
「わたくし、殿下のお話をもっとお伺いしたいのです」
つまらない。こいつらだって、所詮は『皇太子』という地位しか見ていないのだ。
まだ宴は始まったばかりだが、アダンは早くも『帰りたい』と、不機嫌になっていた。
やがて日が完全に沈み、宴も酣を迎えできた。広間のあちこちでは、酒が入った人々が陽気に談笑している。中にはひょうきんな踊りを披露する者も現れ、文字通りどんちゃん騒ぎとなっていた。
くだらない喧騒に、いよいよアダンの眉間のしわが深くなる、そんな中、ひときわ目を引く一団が遅れて広間に姿を現した。
太陽の国と称されるヒュペリオン帝国の皇太子ムスタファ、その傍にはいつも控えている異母弟のジャミル、そして、ひときわ輝きを放つムスタファの妹ラディカメリアである。
エメラルドグリーンの装束を纏い、金の飾りを身につけた麗しきラディカメリアの姿が目に入った瞬間、アダンの顔からはさっと血の気が引いた。
彼女との婚約を推し進めようとする皇后の前で話しかけられたら溜まったもんじゃない。アダンは周囲に悟られないよう、そっと人混みを抜け出し、広間の壁際へと逃れるように歩いた。
どれくらい歩いたのだろうか。背の高い柱の陰に身を潜めるようにして立ち止まると、騒がしさから隔絶された静かな空間がそこにはあった。そして、彼の目に、ひっそりと佇む二人の少年少女が飛び込んできた。
少年は物憂げな表情で、どこか遠くを見つめている。ベージュの透き通る柔らかな生地の民族衣装を纏い、独特なアクセサリーを身に纏っていた。
月光のような、あるいは砂漠の朝焼けのような淡い色の髪が、その憂いを帯びた横顔を縁取っている。この国では珍しい褐色の肌と、蜜のように輝くシトリンの瞳。それがとても美しいと思った。
もう一人の少女は、その隣で無邪気にこの国の料理を頬張っていた。顔立ちは少年と似ているが、纏う雰囲気はまるで違う。少年がどこか寂しげな銀色の月だとしたら、少女は明るく照らす金色の月だろう。小さな体に見合わないほどの食欲で、楽しそうに笑っている姿は微笑ましい。
どれだけの時が経ったのかは分からない。
宴の喧騒から離れて、ここだけが時間が止まったような心地だった。
気づけばアダンは、少年に釘付けになっていた。その瞳の奥に秘められた陰のようなものに、抗いがたい魅力を感じていたのだった。
この世の果ての黄金郷 九条ねぎ @nokochan
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