第28話 抵抗


 炎竜の体から黄金色の光が放たれた瞬間、イェグレムは覚醒した。


 体から切り離され、意識だけの存在になったせいで、いつの間にか夢の中で微睡んでしまっていたらしい。


 黄金の光に目覚めさせられたと言うよりは、自分の肉体が放つ異様な気配にハッとした。もしもイェグレムに体があれば、全身が総毛立っていたのではないか。それほどおぞましい気配だった。


「炎竜の共鳴者が、こんなところに居たとはな」


 異様な気配をまとった老魔導師の意識が伝わってくる。

 ラシュリを見つけて喜ぶ老師の顔が目に浮かぶが、彼は今、イェグレムの肉体に宿っている。他の誰でもなく、自分がおぞましい表情を浮かべていると思うと吐き気がしたが、そんなことはどうでも良かった。


(ラシュリ……逃げろ!)


 老魔導師がラシュリを見つけてしまったことに、イェグレムは戦慄した。


「まさか、己の飛竜に命を奪われるとは思いもしなかったろうな」


 老魔導師がほくそ笑む。


(……やめろ、やめてくれ!)


 イェグレムは叫んだが、老魔導師には彼の言葉が届かないようだ。


(心話が通じないのか? それとも、ラシュリに気を取られているせいで気づかないのか?)


 それならば、用心される心配はないとイェグレムは気づいた。

 おそらく老魔導師は、今のイェグレムには抵抗する力などないと侮っているのだろう。


(ならば……)


 イェグレムは焦る気持ちを抑え込んだ。

 心を平静にして、自分の体の隅々まで意識を伸ばす。手足の指先から徐々に浸食してゆき、最後に五感を取り戻す。聴力はそれほど難しくなかったが、視覚を取り戻すのは困難だった。


「これは俺の体だ!」


 叫びながら、老魔導師の意識の隙間に自分の意識を無理矢理ねじ込んでゆく。

 視覚を取り戻した途端、イェグレムの目に映ったのは、恐怖に目を見開いたラシュリの顔だった。


「ダメだ! 回避しろ!」


 イェグレムは、老魔導師と赤い飛竜に繋がりを遮断すべく意識を飛ばした。


「何をするイェグレム! わしに逆らう気か?」


 老魔導師はイェグレムの意識を押し返す。簡単に支配権を渡しはしない。

 二つの意識が一つの体の中でせめぎ合い、それは契約を交わした飛竜にも影響を及ぼした。


 赤い飛竜は、ガァァァァァと苦しげに咆哮したが、最終的にはイェグレムの意思に従った。


「こいつっ! わしの命令を無視するのか? 戻れ! 戻ってあの女を殺すのだ!」


 老魔導師は叫んだ。

 彼はまだイェグレムの体の中にいて、必死に主導権を取り戻そうとしている。が、イェグレムも譲らない。


「師匠。俺、やっと気づいたんだ。あんたの手助けはもう嫌なんだ。俺の体は返してもらう!」


 十年間悩みながら、なかなか踏み出せなかった一歩を、イェグレムはようやく踏み出した。

 彼が心話で命じると、赤い飛竜は西へ向かって飛びだした。



 ○     ○



 その頃、国境の砦では、ソーが黒竜討伐隊副長のロッカと向かい合っていた。


「へぇ。討伐隊の指揮下に入れって、巫戦士殿がそう言ったの? まぁ、確かに戦力は足りてないけど……おまえ、命令には従えるの? 討伐隊は連携プレーで一頭ずつ黒竜を倒してる。指揮系統を乱すやつがいると返って足手まといなんだけど?」


「そりゃ、討伐隊として出撃するからには、もちろん命令には従いますよ」


 やや唇を尖らせて、不承不承答えるソー。

 明らかに不満げなソーの様子を見ながら、ロッカが思わず苦笑した時だった。


「大変です! 赤い飛竜が、赤い飛竜が現れました!」


 ノックもなく扉が開き、国境警備隊の兵士が飛び込んできた。

 その後ろから同じく駆け込んできたシシルがソーに手を振る。


「ラシュリさんがすぐに出て行ったよ! 交戦するかと思ったら、赤い飛竜は西へ飛んでいって、ラシュリさんは追いかけていった」


「なんだって!」


 ソーは、椅子の背にかけていた騎竜用マントをつかむと、ロッカに向き直った。


「前言撤回! 俺はラシュリを追う!」

「待て待て、巫戦士殿からは誰も手出し無用だと言われてる。おまえも――――」

「そんなの聞いてられっか!」


 ソーは一秒も待てないと言わんばかりに駆けだしてゆく。


「まぁ、聞かないよね。俺でもそうするよ」


 ロッカは肩をすくめただけで、ただソーの後ろ姿を見送った。


  

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