20 ハイヒール(真央&理央)

 またまた理央りおが妙な物を買った。今度は黒いハイヒールだ。靴底は赤。ヒールの部分は細く、すぐにでも折れてしまいそうだ。


「兄ちゃん、よろしく!」

「俺のサイズ二十八センチだぞ」

「知ってる! あるところにはあるんだよ!」


 どこで手に入れたのかもう聞くまい。風呂上がりにニヤニヤしながらスマホをいじっていたのを何度も見かけている。


「単純に、立てるかこわいんだが」

「まずはやってみてよ! こけないようにオレが支えておいてあげる!」


 靴下を脱ぎ、そっとハイヒールに足を入れた。確かにぴったりだった。


「おっと……」

「どう? 立てそう?」

「何とかな」


 理央にこの手のことを頼まれる度に思うのだが、女性というのは大変だ。こんな窮屈な思いをして暮らしているのか。まあ、こんな高いハイヒールをはくような女性は会社では見かけないが。


「で? 理央、これのどこがいいんだ?」

「めちゃくちゃセクシーじゃん。甲の辺りの血管が浮き上がっててさ。くるぶしも綺麗に見えるよね。似合うよ、兄ちゃん」


 それからお決まりの撮影タイムだ。理央はしゃがみこんで、俺の足をあらゆる方向から写していた。


「それでさぁ兄ちゃん、まだお願いがあるんだけど」

「何だよ」

「踏んで!」


 理央は床に寝転がった。両手を広げ、足も広げ、大の字だ。俺は大きなため息をついた。


「……で、どこを踏めばいいんだ?」

「まずはお腹かな」


 俺は足を踏み出し、体重をかけすぎないようにしながら慎重に理央の腹にかかとをあてた。


「いてててて!」

「言わんこっちゃない」


 もういいだろう、と脱ごうとしたら、今度はこんなことを言うのだ。


「次、頭……」

「はぁ? 大丈夫か?」

「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」


 ケガでもされてはかなわない。しかし、期待を込めた目でしっとりと見られると、俺も観念してしまった。


「じゃあ、いくぞ……」

「あいたーっ!」


 こいつは一体これの何がいいんだ。我が弟ながらよくわからなくなってきた。俺はハイヒールを脱ぎ捨てた。


「ふふっ、何でもやってみるもんだね、兄ちゃん」


 理央はハイヒールを拾って自分の鼻に近付けた。


「よせ! かぐな!」

「うーん、革の匂いしかしないなぁ……」

「このバカ!」


 俺はハイヒールをひったくった。理央はまるで懲りていない様子で、だらしなく口元をゆるませていた。


「買って良かった。次は兄ちゃんのリクエストも聞くよ。何がしたい?」

「俺は普通でいいの! 普通で!」

「兄弟でやってるのがすでに普通じゃないよ」

「いやまあそうなんだけどさ!」


 俺から襲った手前、このことに関しては何とも言えない。でも、まさかこんな方向にエスカレートするだなんて、考えてもみなかったのだ。

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