第27話 悪らしく、悪いことをしなければいけない時もある。
「様子がおかしいと思ったんだ! イルロンド様はもっと毅然としている! そんなに弱弱しい口調じゃない! もっと胸を張って自信に満ちている! お前は誰だ! 偽物め!」
バハムが激昂する。
一方、俺はどうしてバハムがイルロンドの人格が入れ替わっているのか看破されたのかわからない。
いや、わかる……か。
ちょっと油断しすぎていた。
「バハム……俺は偽物じゃない……」
「嘘だ! 貴様は嘘をついている!」
皆が、シュバルツのような重鎮が俺をイルロンドだともてはやすものだから、その通りに振舞えていたと思い込んでいた。
だけど、普通はおかしいと思うよな。
皇帝がこんな弱弱しい口調で命令していたのだから、その上、
「魔道皇帝であるイルロンド様が、魔族の敵である聖女を庇うような発言をするわけがない!」
そう、バハムは激昂した。
「イルロンド様は、人間にいじめられる我々魔族を哀れに思い救おうとしている救世主だ! 魔道帝国ガルシアを人間と魔族が調和する国に生まれ変わらせて、魔族をこの世から根絶させようとする神に反逆した英雄だ! ここから西の土地は元々魔族の土地だった! 魔族はそこでゆっくりと穏やかに暮らしていたのにある日人間たちが攻めてきたんだ! それから気軽に殺されたり、奴隷にされたり、強力な神の力に保護された人間たちに私たち魔族は蹂躙された! その人間にやりたい放題されていたところをようやく一矢報いる手を差し伸べてくれたのがイルロンド様なんだ! イルロンド様がそんなにへにょへにょなことばかり言うわけがない! そんな魔族の味方の皇帝が———聖女の味方なんてするわけがない!」
バハムの眼には涙が流れていた。
悔しくて、涙まで流していたのだ。
そうか。
そうだよな。
あの……涙に嘘はない。
彼女は本当に、自分たちの安全のために、平和のために命を捨てる覚悟を持って頑張っているのだ。
その長が、こんなにブレブレじゃいけないよな。
「すまなかった。バハム」
「やっぱり偽物! イルロンド様は謝罪をしたりはしない!」
爪を尖らせて再び俺を殺そうと手を振り上げるが、俺はそれに動じることはなく彼女の眼を見る。
「バハム! 俺の命を聞け!」
「———ッ⁉」
魔眼は、使っていない。
だが、彼女は金縛りにあったように体の動きを止めた。
「俺は確かにブレていた。はっきり言う。魔眼のもつ影響かは知らないが、一時的に記憶の混濁があった。そして精神に異常も生まれていた。だが、もう立ち直った。俺はお前たちの長としてふさわしくこれからは振舞おう。きちんとブレずに魔族を平和に導く長としてな」
「信じられるか! 偽物め! 聖女の味方をして! お前は神のスパイだろう!」
「信じろとしか言えないな……」
ここでブレてはダメだ。
彼女は命を懸けて戦場に出ている。
そんな彼女が命を懸けてもいい存在として俺はいなければいけないのだ。
【バハム・スライバーン 種族:竜人族 年齢:1024 体調:怪我
精神:混乱・不安 レベル:81 パワー:600 マジック:650 スピード:500】
【魔眼】で彼女のステータスを確認する。
混乱・不安か……。
「———あ、嫌なことを思いついちゃったなぁ……」
彼女の心理状態を魔眼で知り、自分がどう振舞うべきかを考えた時に、俺の中にある考えが浮かんだ。
それは絶対に普通は実行してはいけないことで、倫理に反することだった。
「信じられるか! この偽物め! 天竜将軍の名においてここで余が貴様を始末してくれるわ———!」
そう言って、バハムは飛びあがって俺に向かって爪を光らせる。
殺気———。
完全に殺しに来ている。
混乱しながらも……。
仕方がない———。
これをやらなければ、俺は死ぬ。殺される。
ちゃんと悪ノ皇帝として振舞わなければ。
この世界が。
彼女が。
俺を〝悪〟だと。
神に逆らう悪だと認めてもらえない。
だから————。
「ちょこざいことを言うな! バハム・スライバーンよ!」
俺は、ケガでまともな軌道で爪を振るうことができないバハムの攻撃をすり抜け、懐に入り込んだ。
「————ッ⁉」
接近し、目の前にはバハム・スライバーンの顔。
間近に———ある。
彼女のその柔らかそうな唇も。
俺は———彼女に近づいた勢いのまま……。
「————ムグッ⁉」
その唇を……奪った。
強引に———。
バハム・スライバーンの瞳が大きく見開かれる……。
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※久しぶりの更新になります。
続きを更新しても反響が鈍かったので、これ以上書いても仕方がないと思って書くのをやめていたんですが、それでも偶にブックマーク登録している方がいらっしゃるので、ストーリーがある程度区切りがいいところまでは書いてみようと思いました。
できる限り、この『サルガッソ攻防戦』が終わるまでは頑張って書こうと思いますので、よろしければそこまで付き合っていただけると幸いです。
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