ステイ

事務所の前でミケと戯れていると、

個室の扉が開き、

「では、時間はかかると思いますが、やれることはやってみますので。」と、

楓さんの声が聞こえる。


楓さんは玄関まで依頼人を見届け、俺の方を振り返る。


「今回はステイ案件だ。」


ステイ案件とは、

取り掛かるための情報が少なすぎるため、依頼は受けつつも新たな情報が来るのを待つしかない案件のことを指すようだ。


この案件は、

依頼完了に至るまでにほとんどが消失してしまうことになるが、

まれに、

依頼人から新しい情報が入ったり、

別の依頼と関係があって、

作業が進むこともある。


本当にまれであるし、

その承諾も契約の時点で行うようだが、

それでも依頼する人もいる。


俺にとっては、

不思議な仕事である。


楓さんに聞いたことがある。

「可能性がない依頼を受けて、お金まで貰って、心が痛まないのか」と。


すると、

楓さんは、

「その気持ちは勿論ある。でも、その気持ちはこっち側の気持ちにしか過ぎない。人には何かに寄り縋らないと、どうしようもない時が訪れることがある。それは、どんな人にでも訪れる可能性がある。お前にも。私にだってそう。ここに来る依頼もその可能性がある。難しい可能性についてはしっかりと説明はするが、それでも私たちが関わることで、その可能性や想いを潰さないことになる。それを潰すことは、時にはその人そのものを潰してしまうことになる。可能性を残すこと、ただそれだけでも価値が出ることもある。勿論ちゃんと動きはするし、承諾を得るがそれでもたまに依頼者から怒鳴られることもあるがな。」と。


楓さんの言っていることが俺にはあまりピンと来なかったが、

楓さんにも思っていることがあることが知れたので、それは良かった。

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