ツカモト探偵事務所

ゴロゴロ

グルグル


「ミケ、お前は今日も可愛いな。」


俺はこの探偵事務所でアルバイトをしている。

ミケはこの事務所の看板猫。


「創ぃー。はやくしろよー。」


「あ、はいっ。」


「ミケは創と違っていい子でちゅねー。」


この人は塚本楓さん、

事務所の所長さんだ。

といっても、

この事務所は楓さんと俺だけしか働いていない。

― ニャー ―

あ、あとミケもだな。

― ウニャ ―


ミケは、真っ黒な猫である。

、、、三毛猫ではない。


― ウンニャラァー ―

「あっ」

ミケが事務所玄関の方を向いて走っていく。

キリっと縦に伸びたしっぽが何とも可愛らしい。

お尻が丸見えなのも、なんとも言えない可愛らしさを引き立たせる。


クルンクルン 

このように、しっぽをクルンクルンと円を描くような仕草も見せることがある。

「ほんとにしっぽ単体で生きているみたいだな。」

俺は無意味に関心を抱いていた。


「それでは、今日来た依頼について共有する。」


「はい。」

俺は、テーブルを挟んで楓の真向いの椅子に腰を掛ける。


「まず、依頼主の住所は、琴雅3丁目の21番地5にある一軒家である。」


「ここから徒歩20分ほどのところですね。」


「お前の足だとな。」


「あー、楓さん遅いですもんね、たまに。」


「そう。人によって、またその時々によって、人の歩む速度は変化する。それは、物理的に歩く、つまり移動することに限らない。」


「あの、えーっと。なんで俺はゲンコツを喰らっているのでしょうか。」

楓さんは「そう。」と言った瞬間に顔色一つ変えず、俺の頭にゲンコツをお見舞いしていたのだ。


「んー。なんか言い方がむかついたから。」


「なるほど。。。」


「納得したならよろしい。話を進めよう。」

納得はしていないが、また話が長くなりそうなので、俺は一旦受け入れる。


「では、気を取り直して。依頼内容は、遺失物の捜索である。」


「なくしもの、ですか。」


「そうだ。見づらいが写真も届いている。」

そう言って、楓さんは写真をテーブルに置く。

俺はその写真を手に取る。

写真には、40代の夫婦だろうか、仲睦まじい男女が映っている。

おそらく二人の自宅の中で撮ったものだろう、背景にはキッチンやテーブルが映っている。


「えーっと。どれですか?」


「うむ。女性が巻いているスカーフだ。」


「この紫色のですか?」


「そうだ。洗濯して取り込む時に、風に吹かれて飛んで行ってしまったらしい。」


「え。それって、いつのことですか?」


「依頼が来たのが、今日の早朝。で、事案発生が昨日の夕方のようだ。」


「ちょっと厳しくないですか?こんな軽そうなもの、どこまで飛んで行ってしまってるか。。。」


「まあそうだな。私も断ろうと思ったのだが、依頼主の熱量がな。」


「、、、金ですか。」


「文句あるのか?仕方ないだろっ、それで私は生きてるんだよっ」


「まあ良いですけど。困っている人はほっとけないですしね。それだけ大事なものってことでもありますもんね。」


「そういうことだ。ただ、この辺りを虱潰しに捜索していく必要があるから、骨が折れる依頼でもある。」


「そうですね。」


「とりあえず、午前中のうちに近隣の交番や駅の遺失物届関係には連絡はしてある。」


「今できることは、道に落ちていないかを実際に捜索しに行くってことですかね。」


「そうなるな。」


楓さんは1枚の地図を机に広げる。

「お前が来るまでに、この辺りは捜索済みだ。」

そう言いながら、楓は地図上の赤いシール、おそらく依頼主の自宅であろう場所を中心に描かれた楕円曲線を指でなぞる。


「すごい、もうこれだけ探したんですか。」

楓さんの行動力は、目を見張るものがある。


「一応電話でも話をして、風に吹かれた当時の状況と、昨日の天候と風の向きを考えて、目星をつけたんだがな。」


「なるほど。で、今からはどこを探すんですか?」


「お前に探してもらうところは、依頼主の自宅から上側で、この楕円の外の右側辺りだ。」


「で、楓さんが左側と。」


「そうだな。」


「分かりました。もう注意深く周りを見ながら探していくしかないですね。」


「そうだな。あと、今回に関しては、風と状況次第で『さっき探した所』に出てくるかもしれない。『何日掛けても』の意味がない可能性が高いから、今日中に見つからなければ、依頼は破棄することにする。」


「今日、、、この今からの努力と運次第ってことですね。分かりました。」


「一応、暗くなってきたときのために、ライトを渡しておく。タイムリミットはそうだな。19時30分までだな。」


「今が16時30分だから、3時間ですか。。。」


「頼んだぞ。」


「分かりました。」


俺は私服に着替えて、地図を片手に捜索場所に向かう。


::::::


「ここから開始、だな。」

俺は、楓さんから受け取った地図を確認しながら、楓に指示を受けた場所に到着した。


この辺りは、碁盤の目のように区画されており、一軒家や二、三階建てのアパートが所狭しと立ち並んでいる。


「とりあえず、道に沿って、歩いて探していくか。」


俺は、一旦立ち止まり、両手をぶらんと垂らして両手を組み、目を瞑る。

両肩を落とし、身体の力を抜く。

そして、深く深く鼻から息を吸い、5秒間息を止めて、ゆっくりと息を口から吐き、深呼吸をする。


息を吐き切ったら息を再び止めて目を瞑ったまま、両手を首の後ろで組み直し、深呼吸をする。


最後は、鼻と口だけを出して、顔全体を両手で覆うようにして、深呼吸をする。


息を吐き切ったら両手を足の方に向けて伸ばして、『気を付け』のような姿勢になったところで、ゆっくりと目を開ける。


「よしっ、やるか。」


これは、いつからか始めた俺のルーティンである。


誰かに教わったわけでも、テレビでやっていたわけでもなく、本当に気付いたらやるようになっていた。


効果効能はもちろん保証しない。


傍から見たらおそらく変質者に思われるであろうが、

これをやると何となく集中できる、気がする。


まずはくるりと一周見渡してみる。

「まあ、あるわけないよな。」


地図と依頼主の写真コピーを片手に歩を進める。


捜索開始から約1時間半、俺に任せられた範囲の捜索が終了した。

おそらく往復分の時間を見積もって、範囲を割り当ててくれていたのだろう。


『進む向きやみる角度が違えば、同じような物事でも感じるものや見えてくるものは変わってくる。良い意味でも悪い意味でも。そして、それは無意識でも生じるし、恣意的にも。でも、成長する人は、無意識の幅をより狭くしようと努力している。』

これは楓の言葉だ。


言葉だけを見ると、「なんじゃそりゃ」ではあるが、

俺なりに考えて、色んな場面で意識するようになった言葉だ。


今回のような捜索系依頼の場合には、何となく見ていく、と必ず見落としがある。

一歩一歩しっかりと見ていくことを意識しているつもりでも見落とすこともあるのに。

だから、同じ道を再度往復で確認していくことが基本となる。

時間さえ許すなら、2往復したいくらいだ。


俺の歩の進め具合、それを計算に入れての時間配分、さすがである。


幸いなことに、日はまだ落ちそうにない。


楓さんからの連絡もないので、まだ見つかっていないのだろう。


地面、電柱やすれ違う家々を、首を振りながら、時には凝視しながら歩いていくので、

体力の消耗が激しく、たった1時間半であってもそれなりに疲れは出てくる。


そして、捜索系統の依頼に付き物で乗り越えることが必要なことは、

『すれ違う人たちに横目で見られる』ということだ。


キョロキョロして道を歩き、時には立ち止まったり、時には家を覗いたりしている人間を見て、不審に思わない方が難しいだろう。


そういう周りの目が気になって、同じような捜索系統の依頼があったときに、自分が通った道を再度楓が通り、捜索物を見つけたということが何度かあった。


最初は、「そもそも楓の仕事だから。」とか「人目が気になって無理だろ。」とか「俺そもそも高校生だし。」とか、できない理由ばかり思い浮かべていた。


体力的な疲労よりも、こっちの精神的な疲労の方がよほど堪える。


そうこうしているうちに、スタート地点に戻り着いた。


― ブブ ブブ ―

おそらく楓さんからの連絡であろう。


携帯を開くと、

楓さんから「今回は残念ながら不成立とする。」とのメッセージ。


― ブブ ブブ ―

続けて、「お疲れであろうから各自現地解散。」と。


俺は、各自って二人だけじゃん、と思いつつ、

「分かりました。お疲れ様でした。」と返信をし、家路に着く。


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