第2話 二色目


朝の陽射しが校舎の窓から差し込み、淡く照らされた教室には、登校してきた生徒たちの声が飛び交っている。

椅子を引く音、教科書を開く音、誰かの笑い声──騒がしくも、どこか心地よいリズムで満ちていた。


紫吹 陽は、いつものように教室の窓際、いちばん後ろの席に腰を下ろす。

机の上には何も広げず、カバンを椅子の横に引っ掛けて、軽くあくびをひとつ。

まだ完全には覚めきっていない頭で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


そのとき──


「紫吹〜! 今日の宿題見してくれ!」


教室の廊下側のドアが勢いよく開き、御田 未虎が勢いそのままに駆け込んできた。

そのまま紫吹の机に両手をつき、息を整えずに言葉を投げる。


「とても学年トップ10のやつの言葉とは思わんな」


呆れたような、けれどどこか慣れた口調で紫吹は応じる。


御田はニヤリと笑うと、すでに紫吹の机に座っているような勢いで隣に滑り込んできた。

紫吹はため息をひとつついて、カバンの中からノートを取り出す。


──もちろん、これは“友情”の一環である。


決して、御田が見せてもらったお礼に買ってくれる「いちごミルク」に釣られているわけではない。


……ないはずなのだ。


「わりー、いつもはやってあるんだけどな〜」


御田が申し訳なさそうに笑う。だが紫吹は、その言葉を鼻で笑った。


「普通に嘘だよな、それ。お前が宿題やってるとこ、小1から一度も見たことないけど」


御田は笑ってごまかしながら、ノートを写し始める。

教科書を縦に立てて、その裏で手を動かすその姿はまるで早弁の構えだ。


(てか、なんでオレより勉強できないやつがオレの宿題写して、それで学年トップ10なんだよ……)


幼稚園からの付き合いだからこそ、納得できない謎もある。

御田に一度、「どうしてそんなにテストで点が取れるんだ?」と訊いてみたことがある。

その答えが、


「なんとなく授業聞いてれば、わかるんだよね〜」


──いや、そんな簡単にいくなら誰も苦労してないから。

紫吹はあのとき、真剣にこの男をいつかぶっ飛ばすリストに入れかけた。


そんなことを思いながら、ふと後ろを見ると、静かに教室に入ってきた西藤 気勇の姿があった。

今日も無言で自分の席につき、カバンから教科書を取り出す。

見慣れた光景だ。

だが、どこかで

──何か、微かに胸騒ぎのようなものがした。


(なんだ、この感じ……)


紫吹がそう感じた直後──


「席につけー、出席とるぞー」


低く通る声とともに、担任の山本先生が教室に入ってきた。

背の高いスーツ姿で、疲れているのかどこか覇気がない。それもいつも通り。


その声を合図に、クラスがざわざわと席に着き始める。

御田はまだ教科書を盾にして、ノートに何かを書き写している。器用なやつだ。


しかし──その“いつも通り”は、唐突に終わりを告げた。


『ビシャーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!』


天井を貫くような、耳を裂く轟音。

直後、眩い光が教室全体を白に染めた。

光は一瞬だったが、その衝撃は激しく、身体の芯まで響くようだった。


「うわっ!?」


「な、なに!?」


「地震!?」


教室中がざわめき、悲鳴と叫びが入り混じる。

窓の外では、黒雲がぐるぐると回っている。雷鳴がとどろき、突風が廊下から吹き込む。


紫吹は、体を支えるために机の縁を掴んだ。

目の前のノートが風にあおられて宙を舞い、教室の隅まで飛んでいく。


地面がかすかに揺れ、耳鳴りがする。


(なんだ……これは……)


未虎がどこかで名前を叫んでいた気がする。

先生の怒鳴り声も、誰かの泣き声も──すべてが遠く、輪郭を失っていく。


そして、それは1分も続かなかった。

雷鳴も、風も、光も、あっけないほどにすっと消えた。


……沈黙。


まるで全世界の音が、吸い取られたかのような静寂。

教室の中では、誰もが息を飲み、動けずにいる。


紫吹もまた、立ち尽くしていた。

呆然とした目で、ほこりが舞っている窓の外を見つめる。


──そのときだった。


『ピコンッ』


電子音が耳元で響く。


紫吹は顔を上げた。


「へ……?」


目の前に、空中に浮かぶように、透明な“ウィンドウ”が表示されていた。

淡い青い光を放ち、無音の中に違和感だけを残している。


紫吹は、その画面をじっと見つめた。






──文字が浮かんでいる。


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