僕らの人生キャンバス

4Bぺんしる

第一章 一色目 



(なんだかなぁ……)




その思考は、空っぽな教室の空気に吸い込まれて、音もなく消えていった。


ここは私立陽明高校、1年C組。

その教室の、窓際いちばん後ろの席──。

アニメや小説なら「主人公席」と言われるポジション。

だが、現実世界ではといえば、教壇から遠く、先生の目も届きにくい、いわゆる"インキャ席"だ。


陽が差し込む窓の外では、校庭で部活中の声が飛び交っている。野球部の掛け声、サッカー部のホイッスル、吹奏楽部の音階の調整。日常が、遠くで生きている。


そんな教室の隅で、ひとり机に肘をついて空を眺める少年──


紫吹 陽(しぶき・よう)、高校一年生。


勉強:平均以下。

運動:平均上。

顔:平均。


見事なまでに“ザ・普通”。どこのクラスにも1人はいる系男子。名前だけは少しキラキラしてるが、本人はまるで輝いていない。


特に熱中していることも、打ち込んでいる夢もない。部活にも所属していない。

小さい頃から、なんとなくで過ごしてきた日々。その延長線上に、この高校生活がある。


楽しくないわけじゃない。むしろ、日々の会話はそれなりに面白いし、友達もいる。



けれど──



「……なんか、足りねぇんだよな」


ぽつりと漏らした声は、誰に届くでもなく、机に吸い込まれていった。


なんだろう、この感覚。

現実に不満があるわけじゃないのに、どこか物足りない。

ぬるま湯のような日常。ちょうどいい気温。でも、心はいつもどこかソワソワしている。


──そう、刺激が欲しい。


燃えるような熱狂、相棒と言えるポ○モンみたいな胸を打つような出会い、格闘技のような手に汗握るような勝負。

そんな、人生を“動かす何か”が。


そんなことを考えていた放課後。

チャイムの音が鳴り、みんながぞろぞろと教室を出て行くなか、紫吹はのろのろと荷物をまとめていた。机の中から、ぐしゃっとしたプリントが出てきて、軽くため息をつく。


そのとき──


「おーい、しぶき〜! ファミレス行こーぜ!」


教室の入口から、明るい声が飛んできた。


振り返るまでもなく、その声の主はわかっていた。

御田 未虎(みた・みこと)、紫吹の幼馴染。


「おー、かなり“あり”だな、それ」

椅子から立ち上がり、背伸びをしながら返す紫吹。


未虎はというと、

勉強:上位。

運動:平均より上。

顔:平均よりちょっと上。


成績も悪くないし、顔も悪くない。なぜか女子に好かれるタイプで、教師にも妙に評価されている。

だが──


「お前、昨夜も深夜2時までバトル漫画語ってただろ」


「うるせぇ。あれは大事な考察だったの! 伏線ってのは命なの!」


口をとがらせながらも、どこか楽しそうな未虎。

彼の本性は中二病が未だ完治していない、根っからの漫画オタク。

でも、そんなところが憎めない。


そして、その未虎のすぐ後ろに、もう一人の姿。


「西藤も来るっしょ? ね?」


その問いかけに、ほんの少し間をおいてから声が返る。


「……今日は、やめとく。金の無駄」


そっけなく答えるのは、西藤 気勇(さいとう・きゆう)。同じく幼馴染。


勉強:平均より上。

運動:平均。

顔:平均。


見事なまでに地味だが、話してみるとクセが強い。

外では無口で目立たないが、紫吹と未虎の前では唐突に饒舌になるスイッチがある。ただ、そのスイッチが入るタイミングは、いまだに謎だ。


「ていうか、西藤もそろそろカード始めろよ。ガチで面白いから」


「……一枚の紙に数百円。無意味」


「夢がねぇなぁ、お前は」

紫吹が笑いながら肩をすくめる。


この3人──紫吹・未虎・気勇。

毎日、ほぼ例外なく一緒に帰る。仲がいいのは事実。だがそれ以上に、3人が同じマンションに住んでいるという物理的事情がある。


マンションの屋上で、夕焼け空の色を見ながらカードバトルに興じるのが日課だ。

些細だけど、少しだけ彩りのある日常。


その日の帰り道も、あいかわらずだった。


「おっしゃ、今日こそ御田に勝つからな!」


「いーや、紫吹がこのオレ様に勝つにはまだ早い」


「うっざ……その“俺様”キャラ、いつまで続ける気だよ」

と、笑いながら紫吹が突っ込む。


「一生だ。一生現役。魂のバトラーなんでね」

未虎が得意げに胸を張る。


「……アニメの見すぎ」

気勇がぼそりと呟く。だが、口元にはほんの少し笑みが浮かんでいた。


くだらなくて、幼稚で、でも居心地のいい空気。


それが、紫吹たちの日常だった。


だけど、紫吹はまだ知らない。


この“当たり前の景色”が、やがて大きく揺らいでいくことを。

そして、自分たちの「人生」という名のキャンパスが、思いもよらぬ色で塗り替えられていくことを──。


いまはまだ、

何者でもない。

でも、だからこそ、描ける未来がある。


これは、何者でもなかった僕たちが、

少しずつ自分の“色”を見つけていく物語。


──『僕らの人生キャンパス』、開幕。




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初心者のため至らぬ点もあると思いますが楽しんでいただけると幸いです。

誤字脱字や、アドバイスいただけると嬉しいです(指示コメではなく)

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