第34話 《崩壊》の前の前奏曲

「おい、進ちょっと来い!」

 


 長く取られた流星学園の昼休み、図書室で静かに調べ物をしていた進のもとに慌ただしくみことが入ってきた。


 それでいて図書委員会の女子に静かにして、と注意されていたが。

 進は、怪訝そうに眉を寄せながらそちらに問いかけた。



「どうしたんだよ、そんなに面白い顔をして」

「いや、そんなに面白そうだとは……って、面白そうじゃなくて面白いのかよ!」

 

 

 あえてボケていくスタイルにはもちろんみことは乗ってきた。



「いや、すまん進。それよりもNo3がフリーマッチしよう、だってよ」

  

 

 急なその言葉に進は思わずと言った調子で聞き返した。



「光が? なんでさ」

「しらねぇよ。大丈夫、たまにあいつの行動は意味不明になるから」


 

 なんじゃそりゃ、と進は苦笑した。

 しかし、《ランク戦》中は敵になる相手なので、そしていつかは越えなければならない相手なので戦い方は知っておいて損はないだろう。

 

 そう結論付けて進は重い腰を上げた。



「最近、進は元気がなさそうだな」

 


 そんな進をみてみことがすかさず口を挟む。

 進は、隠すようなことじゃないのでみことにいう。



「? あぁ、いや。図書館通いで睡眠がな……」

 


 数日、進は疑問と課題を解決するために真夜中の誰もいない《図書館》へ通い続けていた。

 早々にメモリーから言われたことについて、一から十まで知ることは諦めていたが。

 

 それでも《神話降ろし》だのなんだのという話を聞いてしまったのだからそれについて少しでも調べておいた方がいいと思ったのだ。

 

 それでいて、睡眠時間が疎かになっておりいくら短い睡眠で活動できる進であろうと睡眠不足になりかねなかった。



「それにしてもあのよくわからない機械はさ、死んでも生き返らせてくれる超便利機能付きのくせしてこういう疲労は引き継がせるっている鬼畜仕様なんだよな」


 

 みことは意地悪げにそういった。


「え、マジで?」

 


 進は素直な方で、素っ頓狂な声を漏らした。



「まじか……、キッツ」

 


 流石に、あっちの空間内に転移しているときは体にかかっている疲労を回復させてくれるものだと進は思っていたのに。

 

 それがないとなるとため息を漏らすことしかできなかった。



「なぁ、今日は疲れているからってことで許してもらえないかな?」

「……許してもらえるか、か」


「うん、マジで今日は勘弁してほしい」

「……通じると、思うか? いや、これはマジな方で絶対権力の塊みたいなあの女王様にだぞ?! そもそも、誘われる方が珍しんだから乗ってやれよ」

 

 

 いや、そんなことを言われてもな……と進は思ったが、結局もう一度深いため息をつきながら図書室を出ていくはめになった。



(いや、マジでなんなんだ? なんで俺が光と戦わなきゃいけないんだ? え、俺なんかあいつを怒らせるようなことしたっけ?)

 


 え、あれ? と進は瞬きの速度を早くした。

 そうして葛藤する進を見てみことが控えめに声をかける。



「あー、なんかすまんけど。とりあえず体力はできるだけ温存しておいた方がいいぞ? 体力が一定値以下になると負けになるから」

 


 それはそれでいいかもな、と進はそれを聞いて思ったがそんなことをしたら本当に光が怒り出しそうなのでやめておこう、と心に決めた。



「ん、で地下に行けばいいのか?」

「え、あ、いや。気がつかなかったのか? あの機械、《ランク戦》が始まったから地上の方に出てきているぞ?」


「マジで?」


 

 どうして気がつかなかったのだろう、と思った進だったがよくよく考えてみてばここ数日間朝は上記の理由で頭が回っていなかったし、運動場も広すぎるので気がつかないこともありそうだな、と一人で納得した。



「案内するよ。ってか、進。散々言っておいてだけど本当に大丈夫か? 足ふらついてるじゃんか」

「……いや。ガチな方で力が入らない」


 

 これは、寝不足だけなのか疑いたくなってくるレベルで、だ。

 感覚としては風邪や感染症にかかっている時が一番近かった。

 

 しかし、進の体温は熱があるわけでもなく、咳も鼻水も出ていなければ、寒気もしたりはしない。



「なんでなんだよ。マジで」

「ハハッ。まぁ、体調が悪くないのなら問題ないんじゃね?」


「いや、あるだろ。めちゃくちゃ関係あるだろ。どう考えてもこれは体調崩す前の人間だろ」



 そんなことを言いながらもどうにかふらつきかけるのを堪えて進は歩いていく。


 しかし、その倦怠感は歩くつどに大きくなっていって、廊下から外へ出た瞬間、何かの糸がフツリと途切れた。


 

 あるいは、進が無意識のうちに押さえ込んでいたもののリミッターが一瞬にして、外れた。



 頭が、痛い。




「グ、ガァ。アァ……」



 

 鈍器で殴られたように、と言うよりは内側から何かが進を突き破ろうとしているかのような。

 そんな痛みだった。

 

 否、そもそもこれは痛みという部類に含めていいのかも今の進には判断がつかなかった。



「進?!」

 

 目の前でみことが何かを叫んでいる、とそれは理解できたが何を言っているのかは聞き取ることができなかった。



「……うる、さい」

 

 

 だから、進は内側から響いてくる声に対してうめくような声を漏らした。

 それは、普段から進はちょくちょくと聞いていた囁き声と同じようなものであった。


 しかし、もっと異質でもっと気分の悪くなるもの。


 それは、もはや囁き声とはいうことができないような音声として、脳に直接響いてきていた。

 何か、こう。

 

 いろんな感情が一度に押し寄せて来たような。


 

 そんな、《混沌》とした。



「こい「くるな」「光はここ「闇を「信じよ」信じるな」「憎い「嬉しい」「楽しい「悲しい「黙れ「クソが」「アッハッハ「キャハハハ」「黙れと「うるさい」「落ち着けって「バカだ」「弱い「強くなりた「死にたい」「死にたくない」「殺せ「抗え」「頷け「受け入れるn「否定しろ」「肯定s「ぶち壊せ」「何を「迷うな」「いいきみだ「うざけやがって」「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く「早く」

____「ここから出し「てくれ」「言「野原」「進」



 

 頭の痛みが消えた。

 声も聞こえなくなった。

 

 同時に感じていた倦怠感も全くと言っていいほど感じなくなった。


 

 何が起こったのかはわからなかった。

 ただ、進に分かったとは自分が何者かに呼びかけられていた、ということだった。

 

 何者かが、自分に救いを求めているということだけだった。


 それでも、進は不思議とそれに納得できた。

 なんとなくメモリーと一緒にいた時に感覚に近かったのだ。

 

 神と一緒にいる時の感覚と。



「進!」

 


 ハッと息を吸い込んで、進は現実に戻ってきた。



「大丈夫か?」

 


 今度こそ、心配そうに覗き込んでくるみことの言葉をはっきりと聞き取ることができた。

 進は、そんな彼に対して大丈夫だ、とはっきりとした声で返した。

 

 実際、あれに飲まれた事によって気分は最悪に近いが、逆に体調的には回復したまでもある。

 睡眠不足特有のダルさも無くなっていた。



(あの声が、どうにかしてくれたのか?)

 


 その可能性が一番高かった。

 あり得ないような話かもしれないがそれが一番高いのだ。

 

 そもそも、あの人の感情を一気に詰め込んだみたいな声はどこかから出してくれと言っていた。



(悪いやつじゃないといいけど)

 


 そう思って、苦笑する。



「なぁみこと。お前は素性も何もわからない何かに助けを求められたときどうする?」

 


 ふと、疑問に思ってまだ心配そうな顔をしていたみことに聞いた。

 みことは、それを聞いていったいどういう風の吹き回しだ? と一瞬首を傾げたものの進の質問に対して真面目に答えてくれた。



「とりあえず、助ければ良くね?」

 


 進は、すかさず聞き返す。



「それがもし、悪人であると助けた後で発覚するとしても、か?」


「あぁ。悪人か善人かなんて助ける前はわからないし、悪人かも善人かもで揺れている間は、ずっとシュレディンガーの猫だ。だからさ、蓋を開けてみないと何も始まらないだろ」

 


 進は、つぅと短く息を吐き出して笑った。

 みことはそんな進をみてかさらに言葉を続ける。



「それに、もし助け出した人間が悪人だったとしたら、俺はその場でそいつを殺すやればいいんだ」

「さすがS級様だな」

 

 

 自信満々のみことに進は皮肉げな言葉を言ってみた。

 それに対して帰ってきたみことの返事は簡潔で、それでもどこか自分を卑下しているようだった。



「そういう時のためのS級だよ」


 

 さて、その後の結果発表といこう。



「え、ちょ。え? 俺今どうやってやられたの?」

 

 

 五本先取の《フリーマッチ》。

 言野原進は、五対零で星見琴光に惨敗した。

 本当に手も足も出ないような状態で。



「ははは。そりゃ初見であんだけエグいことをされたらそうなるよなぁ。それでもすげぇよ」

「本当、それな。なんだよ、どこに移動しても正確に俺を狙ってくる攻撃って」


「あれだな。《風神》お得意の空気の揺れ方で相手の位置を把握するっていうやつ。だから、あとは一方的に殴れるんだよ」

 

 

 反則だろ……、と進はつぶやいた。

 そもそも、対戦してたのに相手の姿を一回も見れないとか終わってるだろ、とぼやく。

 そんな進を見てみことは笑う。



「それでもすげぇよ。あの《風神》に負けたにしろ、十五分間も決着がつかなかったんだから」

「十五分、ねぇ。そんだけしか経ってなかったのか……。まだまだ、S級をぶっ飛ばせるビジョンは見えねぇなぁ……」


「そう簡単に見えてたまるかよ」

「ハハッ。そうかもな」




《行間》




「そうして世界は理解した。今あるものは有限と。これは崩壊の前の前奏曲プレリュード。かくして炎は無を意味す。《顕形》せよ《炎の竜ファイヤー・ドレイク》」


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