解呪師クリシー ~他人の呪いを引き受ける力〈継承〉ですべての呪いを解呪します~
岩月ハジメ
第1話 呪われし者
「この牢獄に入り、明日でもう300年ですか――」
崩れ落ちた天井から差し込む暖かな陽光の下、錆び付いた鉄格子を眺め思い出に更ける。
「明日は、この場所ともお別れですね」
パラパラと頭上から天井の破片が膝元に落ちてくる。
破片を払いのけ、折り曲げていた膝を伸ばし、ゆっくりと立ち上がる。
立ち上がった瞬間――、
「足が……、痺れてしまいました。正座なんて慣れない事をするべきではありませんね」
痺れが取れるまで中腰のまま3分ほど動けなかった。
「ようやく痺れが収まりました。さて、お世話になったこの場所の整理を済ませましょう」
居室の中を整理しようと一歩踏み出したその時、うっかり転んでしまいそうになる。
慌てて体制を立て直し背後を確認したところ、倒れそうになった原因が判明した。
地面を引きずるほど伸びきった、白く長い髪を自身で踏んでしまっていたのだ。
「60年も手入れをしていないせいで、とても伸びましたね。整理する前に調髪しなければですね」
伸びた後ろ髪を束ね、姿見の前まで移動する。
古びた姿見は一部が割れ、欠け落ちている。
縦に160センチ程ある姿見から半歩離れた位置に立ち、鏡を見るが顎先までしか映らない。
「顔が見えません。もう少し離れてみましょう」
鏡に映った自身の顔をまじまじと見る。
長く透き通るような白髪、細く綺麗な鼻筋、血色の良い薄い唇に淡く澄んだ青色の瞳、伸びた髪の隙間から飛び出している、横へ伸びた特徴的な長い耳。
汚れた肌着の下からは透明感のある美しい白肌が露わになっている。
「こうして自身の顔を見るのは何時ぶりでしょうか。少しも変わっていないとは……。皴のひとつでも増えていると思っていたのですが」
後ろ髪を胸の前で束ね、使い古したボロ雑巾のような手袋を外し、長く美しい指でなぞるように髪に触れた。
触れた頭髪が赤い発光と共に紙切れのように切り落とされ、地面に白髪の小山を築く。
同じように視界を遮り見えなくなるほど伸びた前髪も綺麗に整える。
「前髪はこれくらいで良いでしょう」
立ち上がって、後ろを振り返り髪の長さを確認する。
切り落した髪は、ちょうど膝裏の位置で綺麗に整えることが出来ていた。
「これで自分の髪の毛で転倒する危険も無いでしょう」
手袋をはめ直し、次に行ったのは今にも崩れてしまいそうな寝具の整頓だ。
簡素で錆び付いた鉄のベッド、格子状の鉄に乗せられた薄い寝具には土埃が被り、汚れている。
手で丁寧に払いのけ、しわを伸ばした。
「結局、一度も使う事はありませんでしたね」
次に床の掃き掃除をする事にした。
地面に目を向けると、先程落ちてきた天井の破片が地面に散乱していた。
「箒は確か監視塔の方に置いてあったはずです。数週間前まで使っていた箒はうっかり燃やしてしまいました……」
視界の端に箒であったであろう焦げ跡が見える。
錆び落ちた鉄格子の隙間を縫って、居室の外へ踏み出す。
「出られるのは明日ですが、一応ここも監獄の中ですし大丈夫ですよね。それに、居室を出るのはこれが初めてでは無いですから」
都合の良い解釈を自分に言い聞かせると誰も居ない廊下を歩き始めた。
廊下に出て、ふと隣の居室に目を向けると、そこには骨と化した遺体が転がっている。
「名前は何でしたっけ……思い出せません。最後まで物静かな人間だった事だけは覚えているのですが」
遺体を横目にそのまま監視塔の方へ向かって進んだ。
過ぎ行くどの居室にも、同じように遺体が転がっている。
長年、生きてきた弊害か自身や他人の死に一切の関心を持てなくなっていた。
まるで哀れみや悲しみと言った感情は、初めから存在していなかったかのように。
「崩落が酷くなっていますね」
通路の壁は砲撃によって出来た、大きな穴が開いている。
数百年前に起きた、戦争の爪痕はこの監獄の至る所に刻まれていた。
床にも穴があり危険な中、足を踏み外さぬよう注意しながら監視塔へ向かう。
危険な通路を抜け、突き当りの部屋までやって来た。
蝶番が壊れてしまい、外れかけの扉が出迎えてくれた。
ここが目的の監視塔だ。
「お邪魔します。箒をお借りしますね。と言っても、もう誰も居ませんよね」
返事が無いと分かっていても言葉に出す事が、長年ひとりでいたせいか、もはや癖となっていた。
「さて、箒も手に入れましたし、気合を入れてお掃除しましょう」
自身の居室へ戻り、床の掃き掃除に勤しんだ。
部屋の隅々まで塵ひとつ残さぬよう丁寧にこなした。
「ふぅ。綺麗になりました」
見違えた床を見ながら、一息つく。
掃き掃除を終え、次に取り組んだのは荷物の整理だ。
「これは懐かしいですね。ずいぶん昔に作った手拭ですね。あの頃はやれる事を探すのに苦労しました」
自作の手拭を革製の鞄に詰め、他の物に手を付ける。
崩落した天井の破片を削って作ったナイフやバケモノにしか見えない自画像など、様々な物を積み上げられた物の山から引っ張り出した。
「これは必要で、こっちは必要ありませんね。荷物が多くなりすぎてもいけませんし」
こうして整理を進めていると、一枚の布の下から数冊の古びた本が出てきた。
「これは……」
本を手に取り、パラパラとページを捲る。
「懐かしいですね。約束――、覚えていますよ」
そう呟き、丁寧に本を鞄の中に詰める。
その後も整理を進め、必要な物を鞄にすべて詰め終えた。
そうして詰め終えた頃には、ぽっかり空いた天井の穴から満月が顔を覗かせていた。
数百年と言う月日の間に制作した物が思いのほか多かったせいだろうか、思いのほか時間が経過していたようだ。
思い出はあるが、所詮は素人が作った物。どれも実用性に欠けていて持ち出す価値がない。
「ふぅ。もうこんな時間ですか。そろそろ寝ましょう。明日は早く起きたいですからね」
冷えた地べたで横になり、明日に備え、目を閉じる――。
◇◇◇
翌日、鳥のさえずりと共に目を覚ます。
「おはようございます」
起きてからすぐにベッドの下から丁寧に畳まれた衣服を取り出し着替える。
上着を羽織り、姿見に映る自身の姿を確認する。
白を基調とし、濃い緑色の模様が施された、長丈の着物のような衣装に身を包む。
姿見で確認しながら、くすんだ茶色の腰ひもを丁寧に巻き付けてゆく。
「久しぶりに着ましたが、やっぱり広袖の服は良いですね。肌を隠せますし、何より通気性も良いです」
着替えを済ませた私は、最後にもう一度軽く床の掃き掃除をした。
床を綺麗にした後、箒を監視塔の元あった場所へと戻す。
自身の居室に戻ってきた私は、別れの言葉を残し、その場を後にする。
「300年間、お世話になりました――」
朽ちた石造りの階段を降り、出入り口へ向かって進む。
所々足場が崩れており、お世辞にも歩きやすいとは言えない。
転ばぬよう慎重に階段を降り進め、ようやく外と繋がる扉の前までやって来た。
「300年ぶりの外ですね」
扉を開き、一歩外へと踏み出した。
「これは……まあ想像通りですね」
眼前に広がる景色は見渡す限りの森だった。
一応道らしき後は残っているものの、周りにあったはずの建物は朽ち果て崩壊。
そんな崩落した石造りの建物の天井を突き破り、逞しく成長している大木が自然の力強さを主張している。
木を見上げていると、何かがこちらへ近づいて来る音が聞こえてきた。
迫り来る音の方を振り向くと、そこには馬車に乗った三人組の男たちが居た。
彼らはこちらの存在に気がつくと、ニタニタと不敵な笑みを浮かべながら馬車を停止させ、下車するとこちらへ近づいて来る。
腰には短剣、相貌な見た目に似合わぬ高価な装飾品の数々。
そして馬車の荷台に乗せられたボロボロの布切れを着せられている女性たち。
野盗の類だろうことは明らかだった。
そんな男たちは私の三歩ほど手前で立ち止まると、声を掛けてくる。
「そこのお姉さん、どこへ行くんだ? 良かったら乗せて行ってやるぞ」
裏がありますと言わぬばかりの胡散臭さ。
「いえ、大丈夫です。まだどこへ行くかも決めていませんので」
「だったら、街まで送ってやるよ。この辺は何も無いし、次の街までは結構遠いぞ」
「そうなのですね。ですが、大丈夫です。どうぞ、お気になさらず」
素直について行っても、きっと良い事はないだろう。
行きつく先は地獄。そんな見え透いた罠に引っかかる訳がない。
「そう言わずにさ――」
一人の男が私の手を掴もうと手を伸ばしてきた。
刹那、ある事を思い出す。
着替えるときに外した手袋を右手だけはめ忘れていました。
このままだと彼が危険です。一応警告をしておきましょう。
「私に触れないほうが良いですよ」
「そう怖がるなって。悪いようにはしねぇからよ」
男はニタニタと笑いながら、警告を無視し私の右手を乱暴に掴んだ。
その瞬間、男は手を抑えながら情けない悲鳴と共に灰へと化す――。
「――おい! 何しやがったてめぇ!」
消えた男を見て、後方の男が声を荒げた。
「こうなってしまうので、警告はしましたよ」
「ふざけやがって! エルフは傷物にしたくなかったがこうなったら仕方ねぇ。死体からその耳を削ぎ落してやらぁ!!!」
と言うと、男は腰挿の短刀を抜くと勢いよく襲いかかって来た。
咄嗟に後方へ避けようとしたその時だった。
足元に転がっていた石に躓き、体制を崩し転倒してしまう。
次の瞬間――、男の短刀が私の心臓を的確に捉えた。
「おとなしく言うことを聞いてれば、こんな事にはならなかったのにな。フハハハ」
男は私を見下ろしながら高らかに笑う。
刺された胸の位置からじんわりと血が服に滲み始めた。
意識が遠のく。
刃先が心臓に届いてたのだ。
視界が徐々に掠れてゆき、深い深淵へ落ちるような感覚が体を支配してゆく。
そして、ついに鼓動が完全に停止。
体の中に響く脈動が消滅した。
――ドクンッ。
静寂を貫くように再び体内に鼓動が響き渡る。
体の芯から強く脈打つ鼓動とともに全身が熱く滾りだす。
深淵に落ちたはずの意識が戻った。
「一張羅だというのに……」
ため息交じりに言葉を漏らす。
すると男は、動揺し、畏怖の感情に顔を染め上げた。
「――し、死んだはずだろ!」
男は私を突き飛ばすと、腰を抜かしたのか尻もちをつき、そのまま後ずさる。
私はゆっくりと上体を起こし、立ち上がった。
刺し傷がゆっくりと閉じ始める。
左手の手袋を外し、恐怖に顔を歪めた男へ憐みの言葉を掛ける。
「あの時、素直に過ぎ去っていれば良かったのです」
そして、左手で男の頬に優しく触れる。
触れた頬から瞬く間に閃光を放ち、男を灰へと変えた。
一片の骨すら残さず燃え尽きた小さな灰の山は風に吹かれ宙へと舞う。
仲間が消えたのを見ていた最後のひとりは私を恐れ、情けない声で喚き散らしながら、その場から逃げだした。
「追う必要は……ありませんね」
逃亡する男の背が視界から消えるのを確認し、肩の力を抜いた。
「出てきて早速これでは、先が思いやられますね」
手に付着した灰を叩き落とし、捕えられた女性たちが居る馬車の方を見る。
「さすがに、このまま見捨てる訳にはいきませんよね。本当は助けたりしたくないのですが……」
渋々女性たちの方へと歩いて向かうと、捕らえられていた女性の一人が悲鳴を上げた。
「――こ、怖い。殺さないで」
震えた声で私の接近を拒もうとする。
同様に他の女性たちも、私へ畏怖の目を向けた。
「安心して下さい。殺したりしませんよ」
しかし、まるで私の言葉を信用していない様子だった。
それでも向けられた視線を気にも留めず、彼女たちの元へ近づく。
そして、ひとりひとり繋がれた足枷の鎖を素手で飴細工のように溶かし、切り落としてゆく。
「あとは近くの街で外してもらってください。それでは、私はこれで」
「――
彼女たちに背を向け、歩き出した私に向かって誰かがそう呟いた。
「久しぶりに聞きましたね」
それは私を呼称する、数ある名前のひとつだった。
聞きなれた呼び名に私は足を止めることはなかった。
照りつける太陽が空を彩り、美しく輝いている。
あの日と似た、そんな空を見上げ、そっと呟く。
「ネル、ようやく約束を果たす時が来ましたよ――」
次の更新予定
解呪師クリシー ~他人の呪いを引き受ける力〈継承〉ですべての呪いを解呪します~ 岩月ハジメ @hajime_iwatuki
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