第6話
加賀美市自体、そう活性化している街ではないが、その中で田上町は元気のあるほうらしく、市内では数少ないJRの停まる駅があるし、駅前には小ぶりながらショッピングモールも賑わっている。さすがに平日の真っ昼間とはいえ人通りのある場所に下りるわけにはいかず、幸左衛門は町の外れの自然公園に降り立った。式である幸左衛門が主人(幸田)の意図なく他者の目に触れることはないのだが、町中に降り立った場合、私たち人間が空から舞い降りた神様みたいに見えてしまうらしい。下手に騒ぎを起こすことは避けたかった。
まあ、すでに騒ぎは起こっているのだが。
私たちは真っ先に、町の被害状況を確認すべく、公園を出て通りを確かめた。幸左衛門はどこへともなく消えていった。私たちは商店街に足を踏み入れて、パン屋を除いたり、理容室を通り過ぎたりした。
「……おかしいわ」
私はつぶやいた。幸田もきっと、同じことを考えていたに違いない。
田上町が曲がりなりにも栄えているのはT県有数の観光地、久実乃の大山への道筋が唯一整っているからで、要は幸左衛門言うところの破壊された山道へ向かうにはこの町を通るしかない。
だから、化け物たちは絶対この町を横切ったはずなのだが――小さな兄弟が仲睦まじく手をつないで歩く姿も、奥様方の井戸端会議も、魚屋の粋のいいかけ声も、母のように町を見守ってきた山の中で、椿事が繰り広げられているなど、微塵も思っていないように穏やかだった。
「悪霊や妖怪のたぐいだからな。町を壊さず山道だけを壊す移動方法も可能だろう」
たしかにそうかもしれない。
「だが、となると、やつらは山道を壊さず通ることもできたはずだ。なのにわざわざ破壊したということは、生徒たちを逃がさないことが目的だったのかもしれない。町の人間ではなく、俺たちを狙ったんだ」
「そんな! いったいなぜ?」
「それを調べるためにここにいるんだろ」
幸田はすたすたと商店街を歩きはじめた。私はあわてて追いかける。
「まずはどうする気なの?」
「そうだな……」
幸田は腕を組んだまま人差し指で顎をかく。まさか何も考えていなかったのではあるまいな? 不信の念を抱いていると、
チャッチャララチャッチャ チャッチャッチャー
私のスマホが『くるみ割り人形』行進曲の軽やかな音色を奏でた。早苗である。
先刻述べ忘れたが、早苗か桜井くんには何か異変があったとき、必ず連絡するよう幸田が伝えていたのだ。幸田は二人の連絡先を知らないから、私のスマホにかかるようになっているのだが。
幸田ははっと立ち止まり、私の手からスマホをひったくる。
「おい、何かあったか」
「ちょっと、私にも聞かせてよ。スピーカーボタン押しなさいよ」
「スピーカー?」
「ハンズフリーしたいときに使うのよ!」
「ハンズフリー?」
「いいから!」
まったく祓い屋なるなぞの家系で育つと、今の時代ハンズフリーも知らないで育つのか。私はスマホを取り返して、スピーカーボタンを押した。
『ふ、二人とも、どうしたの? ケンカ?』
心配されてしまった。幸田はスピーカーから飛び出る早苗の声の大きさに驚いて目を丸くしている。文明の利器に疎い男を置いて私は話を進める。
「どうしたのはこっちよ。何かあったの?」
『結衣ちゃん!』
「ピアノは? 桜井くんに代わってるの?」
『そうじゃないの! まったく、何がなんだか……』
うろたえて涙声になる早苗に、私はなるたけ優しい声で語りかける。
「大丈夫。大丈夫よ。ゆっくり、ひとつひとつ落ち着いて話せばいいわ」
『うん……』
ひっくひっくとしゃくりあげるような音。
私の胸にはこのとき、言葉にするのもはばかられるほど嫌な予感がよぎっていた。早苗という娘は感情の高ぶりが激しいけれど、そう泣き虫さんではない。私は彼女とメロドラマを見たことがあるけれど、非常に心打たれたらしいが涙を流す素振りは見せなかった。
「何があったのよ。ゆっくり、言って」
『あの』
早苗は大きく息を吸い込み、吐き出し、言った。
『人形たちが全員、跡形もなく消えちゃったのよ!』
同時だった。
私たちの少し先で、商店街の電気屋のテレビが切羽詰まった声で臨時ニュースを伝えはじめたのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます