海じゃ~ん!
有舟杏が眠りから目覚めた。上半身だけを起こして、首をまわして周囲を見渡し、その視線は私を捉えた。
「え~! ヨウじゃん!」
その声は間違いなくアンのそれだった。
私は駆け寄ってアンに抱きつくことしかできなかった。彼女の体温が伝わってくる。
他の誰とも違う彼女のぬくもりだ。
「ちょ、どしたの!」
もう止められなかった。どうにもできないほど、悲しみとやるせなさと安堵がせりあがってくる。
気が付くと嗚咽を漏らしていた。
「なんでもない……なんでもないんだ」
なんでもないわけがない。
クッキーがいなくなった。
アンを蘇らせるためにクッキーがその存在を消したのだ。
アンはわけがわからないだろう。それでも私を受けて入れてくれていた。
「ヨウと会ったのなんか久しぶりな気がするわぁ! めっちゃうれしいよ! ヨウ!」
彼女の素直な言葉でより一層大粒の涙がとめどなく溢れた。
そんな私をこれでもかといわんばかりに頭を撫で続けるアンは、私のよく知っているアンだった。
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私は平静を取り戻して、頬に流れる涙を袖で乱暴に拭って、鼻を啜った。
「ごめんね。ちょっと落ち着いた」
嘘だ。声もまだ震えている。けど、このままこうしてもいられなかった。
「いろいろあったんだけど、とりあえずここを出ようか」
私が立ち上がるとアンもそれに合わせて立ち上がった。
「そだね。つ~かさ、ここどこなの?」
「小さな町の鍾乳洞。もうすぐ閉鎖されちゃう」
町自体が閉鎖されるというのは、いつ考えてもなんだかどこか寂しいと感じる。
「あーし。こんな場所で寝てた覚えないんだけどな~。……もしかして、あーし、やばい事件に巻き込まれてたりしたのかな?」
アンがおずおずときいてきた。
「あ~。う~ん。そう、かも?」
私は曖昧な返事しかできなかった。
間違ってはいない。アンは間違いなくこの件の当事者であり、最重要人物だった。
「ヨウが助けてくれたの?」
どう答えればいいんだろう。彼女を助けたのは間違いなくクッキーだ。そして、白装束の彼女がかけた魔法も彼女の助けに一枚噛んでいるような、そんな気がする。
「アンを見つけたのは私だけど、助けたのは別の人かな」
「その人はどこ行ったの~? ちゃんと引き留めてくれないと困るじゃん!」
そんなこと言われても困る。引き留められるのなら、引き留めたかった。唇が固く結ばれそうになるが、ここで黙ってはいけない。
「ごめんね。私もパニックになっちゃってて」
なんとか取り繕った。不自然じゃないだろうか?
「あ、ヨウも大変だったんだもんね。こっちこそごめん!」
「いいよ」
それから会話はなく、鍾乳洞の出口へと向けて進んだ。
やがて視界が開け、目の前に一面の蒼が広がった。冷たい洞内から一転し、潮の香りと波打ち際のざわめきが私たちを迎えた。
アンは思わず両手を広げ、顔いっぱいに潮風を浴びた。
「海じゃ~ん! 」
アンの健気な雰囲気に、私も思わず微笑むことができた。
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