海じゃ~ん!

 有舟杏が眠りから目覚めた。上半身だけを起こして、首をまわして周囲を見渡し、その視線は私を捉えた。


「え~! ヨウじゃん!」


 その声は間違いなくアンのそれだった。

 私は駆け寄ってアンに抱きつくことしかできなかった。彼女の体温が伝わってくる。

 他の誰とも違う彼女のぬくもりだ。


「ちょ、どしたの!」


 もう止められなかった。どうにもできないほど、悲しみとやるせなさと安堵がせりあがってくる。

 気が付くと嗚咽を漏らしていた。

 

「なんでもない……なんでもないんだ」


 なんでもないわけがない。

 クッキーがいなくなった。


 アンを蘇らせるためにクッキーがその存在を消したのだ。


 アンはわけがわからないだろう。それでも私を受けて入れてくれていた。


「ヨウと会ったのなんか久しぶりな気がするわぁ! めっちゃうれしいよ! ヨウ!」


 彼女の素直な言葉でより一層大粒の涙がとめどなく溢れた。

 そんな私をこれでもかといわんばかりに頭を撫で続けるアンは、私のよく知っているアンだった。


 ================


 私は平静を取り戻して、頬に流れる涙を袖で乱暴に拭って、鼻を啜った。


「ごめんね。ちょっと落ち着いた」


 嘘だ。声もまだ震えている。けど、このままこうしてもいられなかった。


「いろいろあったんだけど、とりあえずここを出ようか」


 私が立ち上がるとアンもそれに合わせて立ち上がった。


「そだね。つ~かさ、ここどこなの?」

「小さな町の鍾乳洞。もうすぐ閉鎖されちゃう」


 町自体が閉鎖されるというのは、いつ考えてもなんだかどこか寂しいと感じる。


「あーし。こんな場所で寝てた覚えないんだけどな~。……もしかして、あーし、やばい事件に巻き込まれてたりしたのかな?」


 アンがおずおずときいてきた。


「あ~。う~ん。そう、かも?」


 私は曖昧な返事しかできなかった。

 間違ってはいない。アンは間違いなくこの件の当事者であり、最重要人物だった。


「ヨウが助けてくれたの?」


 どう答えればいいんだろう。彼女を助けたのは間違いなくクッキーだ。そして、白装束の彼女がかけた魔法も彼女の助けに一枚噛んでいるような、そんな気がする。


「アンを見つけたのは私だけど、助けたのは別の人かな」

「その人はどこ行ったの~? ちゃんと引き留めてくれないと困るじゃん!」


 そんなこと言われても困る。引き留められるのなら、引き留めたかった。唇が固く結ばれそうになるが、ここで黙ってはいけない。


「ごめんね。私もパニックになっちゃってて」


 なんとか取り繕った。不自然じゃないだろうか?


「あ、ヨウも大変だったんだもんね。こっちこそごめん!」

「いいよ」


 それから会話はなく、鍾乳洞の出口へと向けて進んだ。

 やがて視界が開け、目の前に一面の蒼が広がった。冷たい洞内から一転し、潮の香りと波打ち際のざわめきが私たちを迎えた。

 アンは思わず両手を広げ、顔いっぱいに潮風を浴びた。


「海じゃ~ん! 」


 アンの健気な雰囲気に、私も思わず微笑むことができた。

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