第83話

 肉、骨、臓物を刃が切り裂く。そのぞっとする感触が千代女を襲う。そうはならなかった。

 閃光と化した刃が二枚の円刃を一瞬で弾く。同時に、地面が揺れた。動きの鈍い動く死者たちはあっけなく足をとられて倒れる。

「――急急如律令」

 そこに、呪文のむすびを気合いを込めてとなえるメルショルの声がひびかせた。まったくもって皮肉だ――。

 術が発動し、千代女の落下地点付近にいる動く死者が同時にただの死体へともどる。

 散々に切支丹で忌まれていた妖術師、それに手前がなってしまった――メルショルの頭の片隅を皮肉がかすめた。

 その他の死体も同行してきたファヌエルが紫電と鉄球をばら撒いてひとまとめになぎ倒す。

「死者意従、吾是冥府下知、急急如律令」

 とたん、敵の鬼の一匹が呪文を詠唱した。

 一町ほど離れた場所でひとつの“影”が頭をもたげる。それは優に数丈(じょう)の高さの位置にあり、目玉の失われた眼窩の虚ろな目のくぼみをこちらに向ける。

「黄泉(こうせん)八獄(はちごく)の役、倭の神と我ら仏教の彼岸の住人が領土を争い合った戦で命を落とした、雷(いかずち)の骸を特別な手管になって保存しておいたものだ、精々、抗ってみろ。俺の手には負えねえから、俺らは逃げるけどな」

 千代女を襲った鬼たちは言い残すや一散に逃げ出した。感心するほどにいさぎのいい遁走ぶりだ。

 刹那、世界が閃光に染まった、そう錯覚するほどの稲光が生まれた。

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