第15話
「岩布にやる気があることは得心がいく」
道鬼斎の言葉に疑問をおぼえ、メルショルは千代女を見やる。
「安住の地を求めて生きながらにして地獄にくだったこの者たちだけれど、決して安穏と過ごしてきたわけではないのよ」
地獄に適応し一本の角を生やすことを常とするようになり、呼び方も土蜘蛛から地蜘蛛と変わった彼らだが、地獄の鬼からすればやはり余所者(よそもの)だ。従属を強いられ、戦が起これば駆り出されては大きな犠牲を出した、という。
「苦難の時は四、五百年に及ぶわ」
千代女のせりふにメルショルは言葉を失った。
自分も信じるべきもののために人生を捧げたが、そんなものなど“まだまだ”だと思い知らされる。
「おいら、南蛮の浄土の連中との交渉を上手くいかせて、地蜘蛛が鬼から見下されないで済むようにしたい」
さらにメルショルを揺さぶるように岩布が決然とした表情を見せた。
「非は他の神々を認めない南蛮浄土にあるわ、どうか道を誤らないで妾らに合力して」
千代女がメルショルを真っ直ぐに見る。その瞳に迷いや偽りの翳りは見られなかった。
だが、メルショルは即答はできなかった。そこに意外にも、
「まあ、よい」
と道鬼斎が声を割り込ませる。
「南蛮浄土のやりよう、その目で確かめねば切支丹が首を縦にふることもできまい」
それより、奴輩に知っていることをもそっと教えてやることにしよう、と言葉をかさねた。
なんでも、相手の総大将はウリエルだという。その戦ぶりは源平の戦のころを思わせる正々堂々としたものだとか。ただ、武士たちと違うのはなんでも、鬼道を使う者以外は南蛮の具足に重々しく身を包みその得物は白兵戦に特化しているという。
「きゃつらはとにかく、おのれらとは異なる神は許さぬということだ。戦で打ち破り地獄に落として鬼と化さしめるか、ごく一握りでしかないらしいがみずからの軍勢の将士として取り立てるとか」
確かに道鬼の言葉はメルショルが伴天連の目を盗んで読破した書物にも書かれていた。それに伴天連は異教の神を悪魔(デモニオ)と呼ぶのは日の本でも実践していたことだ。
「我らの任は独善的なきゃつらに手を引かせることだ」
その言葉を聞いて、切支丹、伴天連の鎮西での所業の数々が思い浮かぶ。とてものこと、余人の、異教の考えなど受け入れるとは思えなかった。
「たやすいことではない」
メルショルの胸中を読み取ったのか道鬼斎あ鋭い目つきで言葉を継いだ。
「なれど、やらねばならぬことだ」
やらねばならぬこと、そのせりふに娑婆で奮闘していたときのおのれをメルショルは思い出した。あのときは迷いなどみじんもなかったのだ。強い信心(ピエタ)に支えられていた。しかし、今は――。
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