第10話

 嘲りの笑みとともに閻魔にメルショルを見返す。そして、「吾望者映、急急如律令」と唱えた。刹那、浄玻璃が怪しい輝きを放ったのち映し出す像を変える。

 七層の鉄の網、七重の鉄の壁を、まるで鳥が飛び行くような俯瞰の角度で見下ろしながら像は移動していった。そこにあるのは鉄の城だ。その巨大な城の曲輪のなかには、灼熱に赤く色を変えた鉄の山がそびえている。

 そこを無数の人間が昇らされていた。涙に顔を濡らし、下肢から煙をあげ絶叫する人々を追い立てるのは一際異形の獄卒だ。頭に八つの牛の頭部を持ち、鈎形に曲がった牙を上に突き出し、六十四の目をそなえ、頭のひとつひとつに十八本の角をはやしていた。そして、角や牙から猛火を吐き出しているのだ。

 灼熱の鉄の山を囲むこの獄卒たち、八岐牛頭(やまたのごず)が放つ烈火から逃げるために亡者たちは焼けた鉄に皮膚を剥がされながら必死に山を上る。だが、その行為はむろんのこと激痛を生み身を悶えさせる。しかし止まれば八岐牛頭の火に焼かれる。

 他方で、灼熱の鉄の山の麓では、亡者の追い立てに加わっていない八岐牛頭たちが取り押さえた罪人の口から舌を抜き取り、焼けた鋏で口をこじ開け熱い鉄の塊を中に放り込む。罪人の口や喉は激しく焼け爛れ内臓を貫いたであろうことが、肛門から飛び出した鉄の塊から察せられた。

 メルショルはまばたきもせずに凝視したために目の乾きをおぼえる。

 そんな彼の視線をさらに引き寄せるように、浄玻璃の鏡の像が一点に移動した。

「ステパノ」メルショルは思わず叫んでいる。灼熱の鉄の山に追い立てられる罪人のなかに同じ宗門の者を見つけたのだ。

「かの場所は無間地獄(むげんじごく)。寺を壊す、経を焼くなどの罪を犯した者が落とされる地獄じゃ」

「あ、あれは司祭(パードレ)の御差配のもと、悪魔(デモニオ)を祀る邪悪な建家を」

 閻魔の言葉にメルショルは頭を思い切り殴られたような衝撃をおぼえる。

「ここは南蛮の浄土でも地獄でもない、竺漢韓倭地獄(じくかんかんわじごく)。伴天連(バテレン)の理屈など関係ないわ」

 うわ言に近い口調のメルショルのせりふを閻魔が嫌味な笑みを口元に浮かべてさえぎった。

「止めろ」思わず、相手が短気であることを忘れて怒鳴りつける。

「ほう、止めてほしいか?」「当たり前だろうが」

 閻魔の問いかけがメルショルの神経を鉤で激しく引っかくかのごとく逆撫でした。

「なれど、余がうぬの言葉を聞き入れる道理がどこにある」

 そこまでいわれてメルショルはやっと理解する。切支丹の門徒たちが苦しめられる様を見せつけられたのは、

 俺に仕事を承諾させるため――。

 なのだ。相手をしたがわせるために手段を選ばない、そんな一方的な所業にメルショルは腸の煮えくり返る熱で総身が蒸発してしまいそうな感覚に襲われた。

「いかがする?」「助けてくれるんだな」

 メルショルの質問に閻魔はわざとらしく小首をかしげる。さらに激しいいら立ちをおぼえるがどうにもならない立場だ。暴れても無駄なことは三途の川の辺(ほとり)ですでに証明されていた。

「切支丹を地獄の責苦から解放してくれるんだな」

「よかろう。その上、そこもとも含めて浄土行きを約しよう」

「仏教の浄土ではなく、切支丹の浄土へ送ってくれ」

 恩着せがましく告げる閻魔にメルショルは歯軋りする心情で訴えた。切支丹としてこれは譲れない。

 とたん、閻魔の表情が剣呑なものに変わる。しばしの逡巡ののち、

「よかろう、考えておく。ただし、約定は交わせぬ。元々はうぬらは罪人、その立場をわきまえろ」

 これ以上の譲歩は引き出せない、悔しいながらもメルショルは相手の表情からそれを悟らざるをえなかった。死んでまでも無力感にさいなまれるとは夢想だにしなかった。

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