異世界帰りの元社畜(犬)だけど、美少女のダンジョン配信で適当に魔法ぶっ放してたら盛大にバズった

十森メメ

第1話 犬って、それはないでしょう

「わん」


 俺、戌井いぬいカナメが現世に帰ってから発した第一声は間違いなく、犬の鳴き声のそれだった。


「わぅ……」


 ここはどこだ?俺はどうなった?と、言ったつもりだった。


 ただ扱える言葉は鳴き声とうめき声のみ。明らかに人としての意識はあるのだが、人の言葉が出ない。


 なにが起こっているのか理解できなかったので、記憶を少し遡ってみることにした。そしたら意外と覚えていた。


 そう。俺は現世でトラックに引かれて一度異世界に転生し、そこで賢者になった。


 ただ、奴隷のような社畜生活で心が疲弊していた俺は、魔王に支配されそうになっていた異世界をよそに、山にこもってのんびりスローライフを満喫していた。


 もともと早くサラリーマンを卒業して、ソロキャンパーとして動画配信でもしながらゆっくり過ごしたいと考えていた俺。


 幸いにも大学の頃からコツコツと動画を作ってネットに上げていて、そこそこの登録者数は持っていたので、成人男性1人が旅を続けながらギリギリ食べていける分くらいの生活費は、配信だけで稼げるようにはなっていた。


 なのでとっとと会社を辞めて、旅の準備をしよう。そう考えていた矢先の出来事だった。まさか自分が不慮の事故に巻き込まれて死ぬなどとは思ってもみなかった。


 しかも異世界転生するし。


 動画配信はできない異世界だったけど、便利な魔法が使いたい放題になったので、むしろそっちのほうが都合がよかった。


 お金がなくても全部魔法でなんとかなった。


 簡易ながら住み心地のいい理想の家を作り、昼は魔物や動物、植物を採取して美味しい食べ方を研究し、鉱物なんかも集めて色々実験したりしていた。


 夜は酒を飲んで夜空を眺め、星を見ながら眠りにつく。そんな理想的な生活を続けた。


 もともと人と関わるのがあまり得意ではなかった俺にとって、この環境はまさに天国だった。


 満員電車で痴漢の冤罪に怯えなくていい。


 毎日何にイラついているのかわからない上司の顔色を伺う必要もない。


 いつもノルマを達成できない俺にマウントを取る同僚と顔を合わせなくていい。


 陰でキモイと罵る契約社員の女どもにゴマ擦って雑務をお願いすることもない。


 ソロキャンパーでもよかったけど、魔法が自由に使えるこの万能感は現世では味わえない快楽だった。


 ――徐々に俗世を忘れ、心が正常に戻りつつある。そんなある日のことだった。



 ウチに突然、魔王がやってきた。


 

 なんか知らんが、勇者は倒したので、あとは俺(転生賢者)を倒せば世界征服の野望が叶うのじゃあ! とかなんとか言っていたが、とてもウザかったので適当な魔法でワンパンしてやった。


 そしたら、突然体が光りだして……


「わうぅ……」


 今に至るというワケだ。

 魔王倒したら現世戻っちゃうとかほんとたまらん。


 しかもいくらトラックに引かれて元の体を失っているとはいえ、犬はないでしょう。せっかく念願だった悠々自適のスローライフを満喫してたってのに。


 神様、ちょっとひどくないですかね?せめて戻すなら人間でお願いしますよ……。


「あっ」


 どこかの路地裏をうろついてたんだと思う。袋小路の隅でこれからどうしようか考え始めていた、そんな時だった。


「か、かわいい~!」


 澄んだ瞳をウルウルさせながら、俺(犬)と目が合う少女の姿が、そこにはあった。感嘆の声を上げている。


「わお……(か、かわいい!)」


 その少女と同じことを思った俺。その子は紛れもない美少女だった。


 童顔無垢。艶のある深い黒の髪を一つのお団子にまとめ、桃色の瞳は大きく、そして彼女の笑顔はまるで春の桜のような優しさを感じた。


 視線を下に落とす。男の宿命。スタイルも当然、目で追ってしまう。ただ、身体つきに関しては全くわからなかった。というのも彼女、装いが冒険者なのだ。


 周りの風景を見渡す限り、ここが現代ってのは間違いないと思う。電柱とか家とか、まさに俺が転生前に見ていた見飽きた風景そのものだったから。


 でも、少女の格好は明らかに異世界。定番の防具を身にまとい、腰には剣を携えている。大きめのショルダーバックのようなものを肩からぶら下げていて、それだけは現代っぽかったが、それ以外は完全にRPG、もとい異世界のそれだった。


「これって……私にもついに、バズの訪れを感じさせる、そんな出会いをしちゃったのかしら?」


 ……なに言ってんのこの子?

 バズの訪れってなんだ?バズるってこと??


「これは運命! ちょうど今から初級ダンジョンへ探索に行くところだったの! ワンちゃんも、一緒に来てくれるよね?」


 と言って彼女が指指す先。ビル群の隙間にうっすら霧がかってる空間がある。


 すでに想像はついていた。


 彼女の装いに初級ダンジョンという言葉。ショルダーバッグに入っているのはおそらく配信用の機材だろう。


 転生前に小説で読んだことのある世界。異世界に転生した俺にとって、もう何が起こっても疑う余地などなかった。



 ここは現実。

 だが、ダンジョンのある世界だ。



「もふもふ……まったり配信……テンプレ……。黒い中型犬だけど、問題ないよね……。視聴者、増えるはず……バズ……うふふ」


 つぶやく彼女のダークな呪言に、俺は「ああ。たぶんこの子、底辺ダンジョン配信者なんだな」って考えられるくらいには、すでに普段の余裕を取り戻しつつあった。



 そしてもうひとつ。



 どうやら俺の見た目は、黒いもふもふの中型犬らしいので、願わくば『クロちゃん』と呼ばれないことだけは祈らせてもらいたい。

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