第2話 ざまぁフラグが立っている

「さあ、ダンジョンに着いたよ!頑張っていこうね、クロちゃん!」


 俺のささやかな願いは、思いのほかすぐに砕け散った。


「くぅん(なんでそんな安直な名前付けんだよ……。ほかに色々あんだろ)」


 彼女は俺(犬)を拾ってすぐに、俺(犬)をクロちゃんと呼び始めた。


 黒いからだそうだ。そのまんまだ。


 この天然感は作っているのかと最初思ったが、どうやら違っていたようだ。


 彼女は本物だ。


「あれ? なんか元気ないね、クロちゃん。おなか空いちゃってるのかな?」


 しゃがんで可愛いらしいご尊顔を傾げている彼女。名前の付け方に異論があると俺は言いたいのだが、当然しゃべれないのでやきもきする。


 ちなみに。


 俺に直接自己紹介したワケではないが、彼女は自分のことを『ミコ』と言っていたのを聞いたので、本名かはわからんが、以後その名前で統一させてもらうことにする。


「ええっと、ドッグフードとかはさすがに持ってないけど、なんかあったかなぁ……あっ!」


 なにか思い出したようだ。

 肩からぶら下げていたショルダーバックを下ろし、中をまさぐっている。


「じゃじゃ~ん! これならイケるよね?」


 透明の袋に入ったその食べ物をフリフリする彼女。シャカシャカ音がして、中には黒い乾いた物体が入っている。


 ああ。これは俺が現世で大好物だったヤツじゃないか!


 ビーフジャーキー!

 いいの持ってんじゃん、ミコ!


「ゴブリンジャーキー! これ、安くて美味しんだよね~」


 ゴブ……って嘘だろ、オイ。


 ゴブリンって食べ物じゃないですよね?ダンジョン出現して食文化まで変わっちゃったんですか??異世界でもさすがにゴブリンを食べようととは思わなかったぞ!


「減塩のヤツだから、クロちゃんでもイケると思うの!」


 いや減塩とか、余計素材の味を楽しむタイプじゃないですか。


 乾いたゴブリンの干物を俺の鼻に近づけて、とりあえず匂いだけでも嗅いでみろと言わんばかりに迫ってくるミコ。


 くそー……


 クンカクンカ。


 おっ!確かに匂いは悪くない。ビーフジャーキーとほぼ同じ香りだ。


 ……しょうがない。


 腹も減ってることだし、多少抵抗はあるが勇気を出して食ってみるか。

 

「わおっ! もぐもぐ……」

「ねっ? 美味しいでしょ?」

「ごっふ!」


 ……不味い。めっちゃ不味い。そして生臭い。


 ビーフジャーキーと同じなのは匂いだけだった。これうまいとか、ミコさんの味覚はどうなってるんですかね?


 だが背に腹は代えられない。美味しくないけどなんとか飲み込む俺。


 でも、もういらない。少し腹の足しになったからこれで……。


「いっぱい持ってきたからどんどん食べてね!」



 地獄か、ここは。





「ふんふんふふ~ん」


 とてもご機嫌なご様子のミコさん。


 ダンジョンに到着したミコさんは、ショルダーバックから自動追尾の空飛ぶ配信用カメラを取り出し、早速生配信をスタートさせていた。


 ……と言っても予想通り、同接数は0。


 ちゃんと告知とかしてんのかな?

 なんか行き当たりばったり感が否めないんだけど。


「みなさん、こんにちは!ミコです!今日もダンジョン配信、やっちゃうよ~!」


 ライブで見てる人間はいないが、アーカイブ動画もあるからちゃんとやってるんだろうな。俺もトラックに引かれる前はよくやっていたが、傍から見ると少し滑稽だ。


「なんと、配信1年目にしてついに! 私にもようやく仲間ができました!」


 1年やって同接0人、仲間0人ってどうなの……。てか、チャンネル登録者とかいんのか? この子。なんか素人感がぬぐえない。


「ブラックもふもふのクロちゃんです!さあクロちゃん、2-1は?」


 なんだって?


「2-1は!?」

「わ、わん」

「よくできましたぁ! 賢いもふもふさんですねぇ~」


 俺の頭をガシガシ撫でまわすミコ。なんかちょっとウザい。


「さぁて、今日はですね! これからこの先にある泉と原っぱがある場所で、もふもふキャッキャ、撮りたいと思いまーす」


 えっ? 探索するんじゃないの?

 もふもふキャッキャってなんだ? じゃれ合い動画でも撮るつもりなのか?


「はい、みなさん! 目的地にやってきました!それじゃあ早速クロちゃんと……」


 はやっ! もう着いたのか!


 ダンジョンに入ってものの1分ほどで目的地に到着したようだ。確かに草花が生え揃い、真ん中に大きめの泉がある。


「あああっ! なんか置いてあるぅ!! アレ、もしかしてレア宝箱なんじゃない??」


 泉の真下。

 金色の宝箱がキラキラと輝いていた。


 ……いやちょっと待て。


 そんな都合よく初級ダンジョンの最初の広場で、レア宝箱が唐突に置いてあることなんてあるか?


「わーい」


 軽い足取りで宝箱へ一直線のミコ。


 バカ! 絶対なんかあるって!


 待てって……。


「いやああああぁぁぁ!!」


 ……遅かった。

 無理矢理でも咥えて引っ張るべきだった。


 遠ざかるミコの声。


 ドッキリのリアクションさながら、突如陥没した地面の穴へと彼女は吸い込まれていった。


「ぎゃははははは! あんなのに引っかかるとかマジでアホだろ! あの女!」


 泉のさらに向こう側。

 奥へと続く通路になっている地点から、2つの人影が近づいてきた。


「やべーっすね! あんなキレイに落ちてくれるとは思いませんでしたよ!」


 形容するのもめんどくさい。


 明らかに性格の悪そうな2人の男が、爆笑しながらポッカリ空いた落とし穴の中を確認しにゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 彼らの前にも配信用カメラが浮かんでいて、落とし穴とムカつく2人を交互に撮っているのがわかった。


「みんな見た?過去イチの落ち方じゃね?アレ」


 カメラの向こう側にいるであろうライブ視聴者に向けて言っているのだろう。しかも過去イチ? こいつらこんなことばっかやってPV稼いでんのか。


 俺の最も嫌いなタイプの配信者だ。自分より弱い者をダシにして数字だけを追いかけるヤツ。


 ……許せねぇな。


「あっ、あそこ。黒いワンコがいるっすね」

「あん? なんか睨んでね? あのクソ犬」


 クソはてめぇらだ。

 無事にここを出られると思うなよ、愚か者どもが!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る