最終話 あたしの特権


 翌朝。


 俺と志帆は緊張して、食卓の前にいた。


 俺の料理をポートマンさんに食べてもらう。

 そして、俺が志帆を本当に大事に思っている……と知ってもらうという作戦だけれど。


 そんなに上手く行くのだろうか。

 だが、失敗すれば、俺と志帆は引き離されてしまう。


「だ、大丈夫かな……」


 俺のつぶやきに、そっと志帆が俺の手を握る。そして、そっと肩を寄せる。いまだに大人気アイドルが俺の妹で婚約者で彼女だという事実になれることはできない。

 それでも、俺は志帆の手を握り返した。


「兄さんはあたしのこと、本当に大事にしてくれていますから。それは事実でしょう?」


「もちろん。志帆と一緒にいるためなら、何でもするよ」


「なら、きっと大丈夫です。ママにも伝わります」


 志帆は優しく微笑みかける。そして、その柔らかい胸を俺の身体にそっと触れさせる。志帆を強烈に異性として意識させられるが、今はそれどころではない。

 ちょうどポートマンさんがリビングに現れた。志帆は少しだけ俺から離れる。


 ポートマンさんは寝間着姿で少し眠そうだ。だが、ちゃんと身だしなみは整えていて、寝間着姿でも美しい。

 妖艶と言えるような色気がある。志帆がジト目で「ママに浮気したらダメですからね?」と言う。


 もちろん、そんなことをするわけもない。

 ポートマンさんはにっこりと笑う。


「さて、公一くんはどんな素敵な料理を用意してくれたのかしら?」


「どうぞこちらへ」


 俺はポートマンさんをリビングに案内する。

 ポートマンさんは「へえ」と驚いた表情をする。


「和食なのね」


 テーブルの上には和食が並べてある。品数はかなり多い。


「甘塩の鮭、奈良漬け、納豆、柚子を浮かべたアラ汁、揚げ豆腐……」


 志帆が一つ一つ数えていく。

 これまで俺が志帆に出してきた料理と違い、奇をてらったものではない。

 だが、手がかかっていることは確かだ。


 俺は微笑む。


「志帆が毎日食べても大丈夫で、健康に良い朝食を心がけました」


「殊勝な考えね。志帆はアイドルだもの。そうでないと困るわ。でも、私は西洋人よ? 洋食にしようとは思わなかったの?」


「そうですね。それも考えました。でも、ポートマンさんは和食が好みなのでしょう? 志帆からそう聞きました」


 ポートマンさんはこくりとうなずく。


「そう、そうなの。私、日本食が好きだからこの国にいるという面もあるし。よく考えているわね……。ありがとう」


 俺、志帆、ポートマンさんは食卓につき、手を合わせる。志帆とポートマンさんが日曜の糧の祈りを唱える。


「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」


 そして、俺たちは三人で、家族のように朝ごはんを食べ始めた。

 いや、実際に家族なのだ。


 ポートマンさんが「美味しい」と頬をほころばせる。


「たしかに大事な人に食べさせたいっていう思いが伝わってくるわ」


「なら……」


「公一くんは、たとえどんなことがあっても、志帆のそばにいたい?」


 その問いに、俺はためらうことなく、うなずいた。


「志帆のいない生活なんて、考えられません」


「そう……」


 ポートマンさんはアラ汁を飲み干すと、その赤い唇から言葉を紡ぐ。


「いいわ。あなたが志帆と一緒にいることを認めてあげる」


「そ、それって……」


 俺と志帆は顔を見合わせ、「やった!」と手を合わせる。志帆があまりにも嬉しそうに笑うので、そんなに俺といっしょにいたいと思ってくれているのか、とすごく嬉しくなる。


 ポートマンさんは俺と志帆を見比べる。


「ただし! 二人はあくまで兄妹じゃないと困るもの。少なくとも、今はまだ。だから、監視役としてしばらくはあたしがここに住むわ。あるいは屋敷に戻って勇一さんも含めて四人で暮らすのでもよいけど」


「あたし、兄さんと二人きりがいいのに」


 俺はくすりと笑った。


「ちゃんとポートマンさんに……俺達の婚約を認めてもらえるように、頑張ろう」


 志帆はうなずくと、突然、俺に抱きついた。

 大人気アイドルのハグ、それと女の子の甘い香りに俺はくらりとする。


「し、志帆……」


 ポートマンさんが険しい顔で見ているかと思いきや、やれやれ、という顔をしていた。

 志帆はと言えば、俺に甘えるようにすがりついている。


「これはあくまで兄妹としてのスキンシップですからね?」


「こんな甘えん坊な妹は普通はたぶんいないよ?」


「いたらいいな、とは思いません?」


「まあ、そうだけどさ」


「少なくとも、ここにいます」


 志帆はえへへと笑った。俺は小牧家に、そして志帆にふさわしい人間になれるだろうか?

 いや、なるしかない。


 そうなれば、ポートマンさんも父さんも、一宮さんも、小牧財閥のみんなもきっと俺たちのことを認めてくれるはずだ。


「兄さん、大好きです」


 志帆が俺の耳元で甘く囁いた。

 俺は小声でささやき返す。


「俺も……志帆のことが大好きだ」


 志帆が顔を真っ赤にする。ポートマンさんが「私にも聞こえてるんだけど?」と言い、俺たちははっとする。


 だが、ポートマンさんは怒っていなかった。

 呆れたような顔をして、それからふふっと笑う。


「恋は盲目ね。私が勇一さんを愛しているのと同じように」


「ママが小牧のご当主を好きなら、あたしが兄さんを好きなのは自然なことじゃないですか? だって、母娘で父息子を好きになったんだから」


「まあ、そうなのかもね」


 ポートマンさんはつぶやき、それから俺を見る。


「そうそう。私のこと、公一くんも『ママ』って呼んでくれない?」


「え! そ、それは……」


「恥ずかしがらなくてもいいのに」


 ポートマンさんはくすくす笑う。

 からかわれているのか。


 だが、志帆は対抗心を燃やすように、俺にぴたっとくっついた。

 そして、ささやく。


「こ、公一くん……」


 俺がびっくりして、志帆を見ると、志帆ははにかんだように笑った。


「こんなふうに名前で呼ぶのも、あたしの特権にしたいんです」



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本作、これにて公一と志帆が幸せな結末を迎えて、第一部完結です(場合によっては続編書くかも)! 途中更新が滞ってすみませんが他の作品も今後続々完結させていく予定です……!


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