Sister and Bread 〈シスター アンド ブレッド〉

メルナス

第1部

第1章

プロローグ

 いつもは照石灯しょうせきとうと月で綺麗に照らされている夜の石畳の道は、今もなお降り続ける雨で小川のようになり、そのうえ照石は風で飛ばされてしまっていた。今夜は月がないから、黒い絨毯じゅうたんにガラス玉をぶちまけたようになっていた。


「はぁ…はっ……はぁっ…はっ……」


 ばしゃばしゃと水しぶきを上げながら、雨よけ替わりのフードをかぶりこんだ男が、何かを抱えて走っていった。男は家という家を視認すると駆け寄り、戸を乱暴に叩いては助けを求めていった。男は知る由もないことではあるが、ここらの家々は嵐の前に避難していたので、明かりがついていても人という人はみんな消えてしまっていたのだ。


「どうして…いないんだ……どこかに避難しているはずなんだが……」


 街の中ほどまでやってきて、広場になっているところは高台にあり、道を流れる水も吹く風も穏やかになっていた。

 男は木陰で軽く息を整えると、頭がやっと明瞭になり、周りを見渡す余裕ができた。


 教会だ。この辺の大きくて頑丈な建物なら、教会しかない。明かりは閉ざされているから漏れてこないが、きっと誰かしらいるはずだ。男はそう思い至り、教会の方へ駆けた。


 男が思った通り、近づくと戸からは少しだけ明かりが見えていた。窓は全て鉄で補強された板のようなもので閉じられていた。かなり長い時間をかけて準備をした様子だ。


 ともかく戸を何回か叩く。しばらくして女性の声が奥から聞こえた。


「あ…あの!私は商会の者で…――といいまして。…この赤ん坊の世話を頼みたいのと、こちらでしばらく雨風をしのがせていただければ……」


 抱えていた布をゆるめると、明るい茶色がかった髪の赤ん坊が現れた。戸を開け応対したシスターは男を中に入れ、赤ん坊を受け取ると慌てて教会の宿舎へと消えた。

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