第1話 「シスターの朝は早い」

 畑の様子を見に来た私は、もう何度目かになる荒らされた畑を見てげんなりした。


 豆・芋・メイスの畑にベリーも駄目だし、飼っている鶏も何匹かやられていた。しかも器用に鍵まで壊してくれて!


 鍵穴を中身ごと解体しているので、これは動物じゃない。ヒトだ。とりあえず片付けて報告しなきゃ。逃げようとしてる鶏も中にいれて…


 そんなことを考えているうちに、宿舎からジョンおじさんが気だるそうに出てきた。


 ……手伝いをお願いしよう。


 男手もあり、ようやく片付けが終わったところで、次の仕事はご飯の準備だ。


 畑でかろうじて無事だったものたちをキッチンに整列させると、レシピをひねる。


 机には卵にチーズ、お芋に青菜。メイスと豆は全滅だったし、お肉は今日はお預けだ。お芋は蒸かして、青菜はスープ、卵とチーズで焼けばいいか。数十人分を一気に作るなら、細々としたレシピは私だけでは難しい。どうしてもスープとかシチューになっちゃうなあ…。


 レシピが決まったところで早速調理を始める。

 鍋に水を入れて固形出汁をいれて沸かしつつ、お芋はピーラーでくるくる回してむいたあと蒸し器に。鍋が沸いてきたら青菜を入れてスパイスと塩コショウで味を整えてスープは終わり。蒸し終わり次第溶かしたチーズを混ぜた卵を焼いてあとは盛り付けだ。


 お芋の出来はどれ…悪くはなくって感じ。水の量をけちったかもしれなかった。あとで蒸し器に目盛りをつけてみよう。


 出来上がった分を食堂まで運んで配膳係に渡すと回れ右してキッチンに。わけておいた私の分を片付け、自室に戻る。


「――ではみんな。手を合わせてちょうだい。……作ってくださった姉妹と、クシラ様の恵みに感謝していただきましょう。アーメン」


 食堂からは祈りの言葉が聞こえるが、私は次の仕事の事務処理がある。家計簿に教会からの通知、人事などなど。山のように溜まった資料をかき分けながら必要そうなものとそうでないものに仕分けていく。


 ここ修道会のお金の出入りは、かなりかつかつだ。裕福な人たちからの寄付や、畑でとれた作物を安い値段で売ったりしたものでまかなっているが、建物と土地の管理に大半がもっていかれ、水道に照石の価格もばかにならない。教会として行っている学校事業やボランティアもお金が流れていく一方なので、教会から送ってもらっている『仕送り』でぎりぎり持っている状態だった。


 作業が終わり、院長先生に報告をしたあと、街に行って買い物をしてこいということになった。少しだけサボれるのでこの時間は楽できる。あそこの屋台のオリボーも食べちゃおうと。


 教会を出て広場に向かうと、右手に湾内を見渡せる公園がある。そこで売られてる屋台菓子は外がカリカリ、中はふわふわしていて、そのうえ上に粉雪みたいに掛けられた砂糖の加減が絶妙で特別美味しい。


 他のシスターは逆方向(商店街通り)ばかり行っていてあんまり来ないから、いつもは湾内を航行してる船を眺めながら独り占めして食べているのだ。


 屋台にいるおばちゃんは顔なじみでいつもいくつか増やしてくれたりする。私服に着替えて出かけてはいるけど、教会の方向からやってきてシスターってことバレてたりするのかな。


 今日の船はいつもみたいなキラキラした感じの商船じゃなくて、無骨な軍船ばかりだった。遠くからで良くは見えないけど鍛えた大男たちが船の上で何か仕事をしているのが見えた。何か催しがあるのかな。教会では何も聞いてなかったけど。総督がたまに教会に来ても、教会の礼拝所ではあんまり政治のことを話さない(もっとも教会の奥に消えていく総督と話したことがない)から、そういった話は言伝以外にわかりようがない。変なことにならなきゃいいなあ。


 食べ終わって、容器をおばちゃんに返すと、広場を突っ切り商店街に向かう。総督府前の通りはいつも通りの賑わいで、特に問題はなさそう。


 総督府通りの乗合馬車の待合場には、今度劇場で行われる劇――金髪の耳長族アルフの騎士と、槍使いでお供の獣人クムリ。対する悪役で亜人族メナーの錬金術師と使役されたドラゴンの戦いを描いた冒険活劇――のポスターと、壁新聞が貼られていた。


「今日のニュースは…照石が安くなるのと、新しい化粧品ぐらいね」

 鍛冶屋に行くんだったと歩きだし、待合場を離れた。


 総督府前に陣取っている集団は、いつものデモ隊だ。「帝国は我々を見捨てるな!」「総督は仕事をしろ!」なんて叫んでいるけど、ほとんど総督はあそこにはいないので、あまり効果が出ていないようだ。ちなみにジョンおじさんいわく、総督は府舎の中は(デモ隊がいることを引いても)居心地が悪いと言って、通りの反対側の建物の後ろにある酒場の二階、宿の一室を改造して住んでいるらしい。デモ隊から見える窓の中の"仕事をしている総督"は、人形か何かなのだろう。何年かたったら観光名所になりそうだ。

 って感じで。


 

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