成長

「ここだな。白賀岩さんに、着きましたのメールを入れて、と。」

暢は白賀岩にⅭ1区にある事務所まで来るように指示されていた。


「それにしても、この一郭が本当に事務所なんだな。すごい組織だな。」

暢は、辺りを見渡し、改めて関わる人物の多さを感じて、無意識に目の前の玄関から一歩後退りしていた。


「暢さん!お待たせしました。」


「あ、こんにちは。」

暢は後退りした様子を、白賀岩に見られたと思い、少し顔を赤らめている。


「早速なんですが、行きましょう。」

珍しく暢の様子を意に介さず、白賀岩は動き始める。

「あ、はいっ。」


マンションに入り、足を進めていきながら、

「今日は、暢さんの1つ年上の女性がいるので、その方に色々お任せしてますので!」

と白賀岩は話をする。


「ここですね。」

白賀岩はドアを開けると、

5~6名用のデスクがあり、その端にポツンと女性が座っていた。

「彼女が香月(かつき)さんです。」


香月はデスクから離れて、こちらの方までゆっくりと歩いてくる。

「どうも、香月です!暢くん、よろしくね。」

香月は笑顔で、まっすぐ暢の顔を見ながら、話をする。


「丸路暢です、始めまして。今日はよろしくお願いします。」

香月のまぶしいほどの笑顔に、暢は緊張しながら深々と頭を下げる。


「では、香月さん、今日はよろしくお願いしますね!」

1時間ほどで迎えに来ますと、白賀岩は部屋を去って行った。


「はあーい。」


「あの、今は何の作業をされていたのですか?」


「あー。今はね、先週開かれた会議のアンケートをまとめてるとこ。暢くんも参加したんでしょ?」


「この前の会議ですよね?それなら、僕も参加させてもらいました。でも、実は、事例のことで内容が難しくて、あまり理解はできなかったんですよ。。。」

暢は右手を頭に置き首を傾げ、ばつが悪そうにこたえる。


「あー。なるほど。最初はね、何が何だか分からないよね。でもね、大事なのは、個をしっかりと見つつ、全体では何が起こっているかにアンテナを張り続けることだから。今は、個に集中することが一番だと思うよ。」


その個の部分が全然分からないという話をしたんだが、と思いつつも、

「そうなんですね。今は出来ることに専念して頑張って理解していこうと思っています。」


香月は、「そうだね!」と言いながら、

暢にここではデータ分析の仕事を主に行っていることを教える。

その後、香月のテキパキとした指示のもと、暢は書類の整理などの軽作業を行い、あっという間に時間が過ぎ、そろそろ1時間が近くなるというところで、香月がぽつりと呟く。


「色んな経験をしたり、考えたり、年を重ねたり。そうすることで、私たちって、『変わ』ったり、『成長』したねって言われるじゃない?あれって、なんか違和感があるんだよね。」


急に難しい話に暢はたじろぐが、どちらというと好きなタイプの話である。

「違和感、ですか?」


「そう。」


「違和感と言うのは、その、何に対してでしょう?」


「んーとね。まず、人って、変わったり成長したりするものなのかなって、のが1つ。あと、自分が言うならまだしも、何も知らない他人がそれを言うことが、何か気持ちが悪くて。」


「なるほど。でも、自分が気付かない一面を友達とかが気付いてくれているってこともあるのかなと思うのですが。」


「んー。。。それって、本当の自分の一面なのかな。そう見られたくて、表に出しているものじゃないのかな。」


「そういう人もいるかもしれないですね。」


「表と裏が全くない人なんているのかな。」


「変化や成長については、僕も似たようなことを考えてたことがあるんですけど、僕は、あると思う。し、ないとも思います。」


「なにそれっ。」香月はぷっと吹き出す。


「『変化』、『成長』という言葉や文字自体が合わないのか、なんかしっくりこなくて。僕たちが、そもそも持っている力が表に出てきているだけなんじゃないかなって。ただただ、力の使い方を知るって感じなのかなと思うけど。色々考えていると、結局分からなくなって。」


「んー。なるほど。やっぱ考えても考えて答えが出ないことあるよね。正解不正解で片付けられないことも、世の中にはたくさんあるよね。」


「そうですね。なんかすみません。答えになっていなくて。」


「大丈夫だよ。急に質問したのは私だし。ね、それよりさ、私のこと見覚えない?」

さきほどの神妙な面持ちから、急に顔の様子と声色まで変わって、香月は暢の方をじっと見ている。


「え?すみません、どこかでお会いしましたっけ?」

暢は身に覚えのない質問に驚き、そのまた一方で香月のことを忘れてしまっていた場合に香月に対して失礼を働いたことに慌てて、戸惑いを隠せないでいる。


「そうかぁ。君は恩人の顔も忘れててしまうほどの薄情者だったのか。。。お姉さんは残念だ。」


、、、後者だった。


香月は俯きながら、そっと自身の左手を顔に添える。

左手の中指には蝶々やリボンの形をした指輪がきらりと光っている。



「あの、本当にすみません。」

暢は急いで深々と頭を下げる。


そして急いで頭を上げ、勢いのまま質問する。

「えーと、失礼ですが、どこでお会いしたか教えてもらえませんか?」


「公園だよ。」

香月は左手を顔に添えたままの姿勢で話をしている。


「公園?」


「そう公園。」


「えーと。。。」

僕は公園には小さい頃に何度も行ったし、何なら最近でもたまに行くし、公園というワードだけではほぼノーヒントであることに更に焦りを感じる。


暢の様子を見かねたのか、香月の方から声を掛ける。

「小学生の頃かな。公園でね。君がトイレの上で寝ている友達、とうじくんだっけ?彼を起こそうとしたときに助けてあげたお姉さんです!」


「、、、、、、、。え、えー⁈」

暢は声にならない声を出してしまっていたが、驚きでそれを気にするどころではなかった。

今言われるまでそのことを忘れていたし、何なら覚えていたとしても年月が過ぎ容貌の変わってしまった相手のことが分かる訳もない。


「すごい声が出たね。暢くんは相変わらず面白い人だね。」

香月はキャッキャッと笑みを浮かべている。


暢は色々聞きたいことがあったが言葉にならず、香月の笑いが収まる頃に白賀岩のお迎えが来た。


じゃあね、と香月に手を振られ見送られながら、暢と白賀岩は部屋、マンションをあとにする。


「暢さん、今日もお疲れ様でした。」


「あ、はい。」


「では、また!」


暢は頭がぼぉーとしながらも、白賀岩に一礼して家路に着く。

「今日は真っすぐ帰ろう。」


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