状況確認

 夜。

 おそらく飲み屋が近くにあるのであろう、人気のない路地裏。



 そこに、私は隠れていた。



 青い円筒形の、蓋のあるゴミ箱。

 中身を放り散らかした。


 それを持って、そのゴミ箱の持ち主であろう店から離れた所まで行き、入ったのだ。


 全く動けずに時間だけが過ぎた。




 長く、動けないのは本当に精神的にも辛かった。

 匂いが苦痛だった。


 それは元々入っていたゴミもあるだろうが、自分のオモラシも含まれていた。

 こんな狭い空間に入ればそうもなる。


 これまでの行動が、走馬灯のように流れた。



 ――本当に、どこからが夢なの?




 あのニュースの写真に映っていたのは、カエルのロンパースだった。

 そのあと、亡き母や学校の先生やら出ているので……途中夢が挟まっていると思うのだが


 少なくとも、今日からではない。



 ……区切りがわからない。本当に、現実と夢の境はどこだったんだ。


(夢なら覚めて!

 ……なんで、なんでこんなことに)



 誰かに助けに来てもらいたい。

 だが、スマホはヒビ割れ画面が映らない。

 おそらくバスを降りる時に、決済機に勢いで叩きつけたのが原因だろう。


 しばらくは操作音が聞こえていたので、映らないだけで動いてはいた……のだと思う。

 記憶だけを頼りに操作を試みていたのだが、成果の無いままバッテリーが切れた。



 公衆電話が、珍しいことにちょうど路地を出た所にあるのだが、そこは繁華街。

 電話ボックス自体も壁がガラス張りだし、そもそも現金を持っていない。


 110番も考えたが、あのニュース……よく読んでいないが、間違いなく逮捕される。

 それは人生の終了を意味する。




 今の私の持ち物は、仕事で使っているカバンと、ビニール袋に入った使用済みオムツが何組か。


 そのカバンは、あとオムツが一枚と濡れティッシュが入っているだけである。


 本来私がこのカバンに入れていたはずの物の大部分がスペース確保の為に出されてしまっていたのだ。

 その中に財布が……本当になぜか含まれていたのだ。


 なぜ使用済みオムツを未だ持っているかといえば、名前を書いてしまったからである。

 売れるようにとの副社長の提案を採用したわけだが、今思うとわけがわからない。




 哺乳瓶は捨てた。

 流石に空腹に耐えかね中身は飲んだが、ビン自体は叩き割った。




(そもそもなんで副社長はこんな……)


 そう、おかしい点があまりにも多かった。


 二人のときはかなり積極的に、赤ちゃんルックについてあれこれ提案していた。

 かと思えば、皆の前では、私に付き合わされて仕方がなく……という感じの口調。



 問い詰めなければならない。

 だが、そのためにはまず帰らねばならない……



 ここがどこなのかはわからない。

 ……だが、どこからか、駅のアナウンスは聞こえてきていたのだ。


 それは、知っている路線の物であった。



(線路沿いに隠れて行けば……)


 今は、酔っぱらいが多く出歩いている。

 飲み屋街ではあるが、都心ほど街灯は多くはない。

 飲み屋も閉まる明け方まで、待つしか無い……


 その間にも、尿意は迫った。

 粉ミルクを飲んでから、加速しているような気がする。


 アレほど当たり前に漏らしていたはずのそれは、限界まで持ちこたえることが出来ていた。


 無駄な努力であったが。





 赤ん坊のようにおむつを使ってしまった。

 もう何回目かもわからないが、暖かくなる股間のそれは、屈辱でしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る