第44話契約書の効力
森や村をいくつも通り過ぎて、ようやく国境が見えてきた。
魔物たちの息も上がっていて疲労の色が濃い。
けれど国境を越えても、どこか休める場所が近くにあるか分からないので、とにかく一旦どこかで一休みしたいと考えていたアメリアは、国境を超えるところで彼らに声をかけようと顔を上げた。
その瞬間、『バチン!』と音を立てて体が見えない何かに弾かれ、アメリアは衝撃でヘルハウンドの背中から滑り落ちた。
「痛っ! ……なっ、なに!? 何これ?」
魔物たちも何が起きたか分からず唖然としている。ヘルハウンドの背中から落ちてしまったアメリアは急いで立ち上がり、前方にいる彼らの元へ足を踏み出した瞬間、再び『バチン!』と弾かれ、しりもちをついた。
恐る恐る手を延ばしてみるが、ある一定のラインで弾かれるので、ここまできてようやく自分に何が起きているのかを理解した。
「国境に、弾かれている……」
一体どうして、と言いかけた時、一族から追放される時に約束した事柄を思い出した。
絶縁を言い渡された時に書かされた、魔法契約書。
あれの項目に、『勝手に国外に移住しない』という文言があったのを思い出した。
「まさか、あの契約書の効力ってこと……?」
契約書にはそんな拘束力はないはずだ。ただ、魔法といっても、同意して契約を結んだことが魔法によって確認されるというだけのものはずで、書類にもこんな制約がかかるなんてどこにも書いていなかった。
……こんな風に物理的な制約を受けるなんて、まるで拘束魔法だ。
自分が書いた契約書が、表面上には分からない強力な魔法が付与されていたと今更ながらに気が付いて、絶望で目の前が真っ暗になる。
「ごめん、みんな。私国境を越えられないみたい。絶縁の時に書いた契約書に、国外に移住しないというのがあったから、制約をうけているみたい……」
契約があるかぎり、アメリアは国を出られない。
契約を無効にするには、その契約書本体を燃やすかして物理的に破棄しないとならない。けれどそれは当然本家で保管されているだろうから、いずれにせよ国外に出るのは不可能だ。それを伝えると魔物たちの顔が青ざめる。
「なるほど、さっきから予知が変わらない理由が分かったよ。まだアメリアが死ぬ未来が見えるんだ。国内限定で逃げ続けても、チューベローズ家が総動員で探しに来られたらいずれ見つかってしまうよ」
「だったら予知が変わるまで行動し続けるしかないわ。アメリアを逃がしている間に、なんとかしてチューベローズ家に潜り込んで、契約書を見つけて燃やすしかないわ」
「そうだね、そして契約が切れたのを確認してすぐアメリアを国外に逃がそう」
ピクシーとケット・シーが、二手に分かれる提案をすると、それまで考えこんでいたサラマンダーが口を開く。
「だったら俺が契約書を探しに行く。商人に紛れて集落に入り込んで、探す。見つからなければ失火に見せかけて書庫ごと燃やしてくる。人化を解けば、俺なら村まるごと焼き尽くすことだってできるから、適任だろ?」
「そんな、無茶だよ。危険すぎる。人化を見破られたらどうするの? サラマンダーがいくら強くても、一族全員を相手に勝てるわけない。絶対殺されるよ……」
魔女の村に使い魔でもない魔物が入り込むなんて自殺行為でしかない。それに、どこにあるか分からない契約書を探すこと自体、現実的でない。それは恐らくサラマンダーも分かっていて、最初から本家を燃やしてしまうつもりなのでは、とアメリアは感じた。
「予知を変えるには行動しないとダメなんだろ。ケット・シー、予知に変化はあるか?」
「……うーん。まだ新しい予知は見えない……魔女の村へは僕も一緒に行く。僕がいれば危険を回避でき……」
言いかけている途中で、ケット・シーがハッと息を呑んで空を見上げた。その表情は恐怖で青ざめている。
「まずい、魔女がここに現れる。一人じゃない。複数に囲まれる」
「本当か!? どれくらい時間の猶予がある? 一時的にでも、どこかに身を隠すか……」
新たな予知に皆が驚愕する。集落を出てからその足で国境まで来たのだ。アメリアが逃げたと気付かれるのはまだ先だと考えていただけに、もう追手がかかったことに皆焦りを隠せない。
ともかく動き続けるしかないと、ピクシーがアメリアの腕を引いた瞬間、彼の体が目の前から吹き飛んで行った。
「ぎゃ!」
「ピクシー!」
それを皮切りに、次々とこちらに向かって攻撃が繰り出される。ドンという音と共に雷が魔物たちに降り注ぐ。
避けるのが精いっぱいで、アメリアは魔物たちから離れてしまう。土煙があがり、衝撃音だけが響くなか、皆の名を呼ぶが、誰が何処にいるのか分からない状態で立ちすくんでいるうちに土煙が風で飛ばされ視界が晴れてきた。
アメリアの目に飛び込んできたのは、自分の頭上をホウキに乗った兄姉たちがぐるりと取り囲んでいるという光景だった。
モノリス、ジレ、テューリ、テレサ、ペチュニア、ヘレックが勢ぞろいで、全員怒りを湛えた瞳でアメリアを見下ろしている。
「母上から、アメリアが逃げないように見張りをつけろと仰ったが、まさか本当に逃げ出すとはな……おかげで母上は大層ご立腹だ。兄弟全員で捕獲に迎えと命じられて、本当にいい迷惑だ」
モノリスが心底疲れたようなため息をつく。兄姉たちが揃って行動するなど普段あり得ないことなのだが、どうやらメディオラ直々に命じられたため、全員で出動する事態になった彼らは、出来損ないのせいでと怒り心頭である。
ひどく苛ついた六つの顔に見降ろされ、アメリアは昔に皆から折檻された時の記憶が蘇ってきて足が震えて動くことができない。
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